見出し画像

「翻弄」

…明るい
もう朝か。

差し込む光に目を慣らす。
隣に目をやると、白いシーツの間からのぞく愛しい人の手。
手首は細く、僕が握れば簡単に折れてしまいそう。
枕に散らばる柔らかい髪の束に触れると、シーツの海にぱらりと落ちた。

おはよう、あまねさん…
まだ、ゆっくり寝ててくださいね。

挨拶は心の中で。
起こさないように、ゆっくりベッドから起き上がる。

キッチンへ向かい、コーヒーメーカーをセットする。
抽出されている音を聞きながら顔を洗い、歯を磨く。
あぁ、いい匂いがしてきた。
この豆はあまねさんの好きな、酸味が少なく甘い香りのものを選んだ。
コーヒーが出来るまで、もう一度愛しい人の寝顔を見たくなり寝室へ向かう。

部屋に入ると、まだ寝息を立てている彼女。
可愛く、美しく、ときに意地悪で、僕はいつだって翻弄されっぱなし。
僕の彼女であり、僕を支配してくれる、たった一人の存在。
寝息を立てる尖った唇も、僕に触れてくれるしなやかな指も。
僕がずっと守っていく、そう決めた相手。

横を向いて眠る彼女の顔に、髪がかかって可愛い表情がよく見えない。
そっと近づき、ベッドの外から彼女を眺める。
可愛い。いつも通り。
彼女がいると、僕の世界はこんなにも彩る。
何度見ても愛おしい…

「…愛おしいなぁ」
「?!」
「…そう思ってたでしょ?」

彼女の可愛い目が開き、悪戯に微笑みかけられる。

「あまねさん…起きてたんですか」
「今さっきね、いい匂いがするから…ほら、手」

彼女がシーツの中から僕に手を伸ばす。
起こして、のサイン。
甘え方が可愛い人。
でも本当は、こうして僕の存在意義を作ってくれる。
優しい人なんだ。

華奢な手を握り、引っ張ろうとした瞬間。
逆に引っ張られてしまった僕は、彼女を覆うようにベッドへ倒れ込んだ。
彼女の力なんて、本来僕からすればビクともしない。
けど、そこに彼女の意思が加わると、途端に僕は弱くなる。

強さも弱さも僕が補う。
あなたの全てを守っていく。
それが、僕の役目だ。

「危ないよ、あまねさん…」
「…あなたが守ってくれるでしょ?」

目の前で微笑む彼女はとても悪戯に無邪気で。
並行にした人差し指で僕のまつ毛を撫で、心を試す。

そうだよ、僕があなたの靴になる。
あなたが何の問題も無く立ち上がり、好きな所へ歩いて行けるように。
この世界の棘からあなたを守る。
あなたに傷なんて一つもつけさせない。

「もちろんだよ、僕があまねさんを守る…」
「ふふ、一番近くにいるあなたが一番危ない気もするけど…♪」

――

僕はいつも甘い試練を課せられている。

二人で出かけた先の人混みで、人影に隠れて僕の腰を撫でるあなたの指。
食事中テーブル下で僕の足を見つけると、視線さえも拘束し、ゆっくり踏み潰していく時のあなたの笑顔。
今にも破裂してしまいそうなペニスを、さも別の生き物でも可愛がるようなあなたは、僕の意志など華麗に包み、いつまでも楽しそうに遊び続ける。

“まだだめ…あなたのその顔が見たいのよ”

僕はあなたに一生敵わない。
敵わないままで、ずっといたいんだ。

――
「ちょっと…邪魔だなぁ」

覆い被さっている僕のおでこに、彼女が人差し指を突きつける。
僕を見つめる彼女の口角は上がり、僕の眉毛は垂れていく。
指の先から力が伝わり、押されるがまま僕はゆっくりと彼女から剥がされ、ベッドの足元へ後退していく。
覆いかぶさっていたはず僕は、彼女のたった指一本に操られ、いつの間にか肘をついたまま仰向けになっていた。

ジワジワと僕の顔に近づく彼女。
色素の薄い髪が明るい陽射しに透けて見える。

「…キスして欲しいんでしょ?」
「…うん、…はい…」

不意に僕から離れる彼女。
不安になる。
同じ部屋、同じベッド。
それでも、感じていた彼女の体温が遠ざかる時。
いつになっても僕の心は反応してしまう。

「じゃあ、はい…どうぞ?」

彼女が僕に足を差し出して寝転がった。
クッションに寄りかかり、様子を眺めている。
僕はすぐさま彼女の足を両手で包み、足の指先から唇でついばむようにキスをしていく。
口付ける度、あなたの全てを愛おしむように。
そんな僕を、あなたは上から眺めててほしい。

ただ足に口付けているだけ。
それでも、肌に触れるあまりの気持ちよさに、僕の唇が発情してしまいそうだ。

「…っ!」

彼女が足で僕のペニスをなぞっている。
さっきから痛い程硬くしているのに。
少し堪えると、僕はまたキスに戻った。
僕は、愛するあなたの身体中隙間が無くなる程口付けたい。
快感の試練があろうとも、今はあなたに僕の想いを尽くしたい。

「…ベッドの下に正座になって」

腰まで口づけた頃、彼女からの指示だ。
僕は離れがたい唇を離し、ベッドから降りると正座をして彼女を見上げる。

「いつまでいい子に“待て”できるかなぁ…いい?…“待て”」

急に始まったお預け遊び。
彼女は正座になった僕の足に両足を乗っけ、肘をついたまま目の奥を覗いてくる。
ここから始まる、甘く、極めて難しい、僕への試練。

彼女は僕の頬に手を添え、親指で目の下あたりを撫でる。
頬骨を伝い、指が瞼に触れるから、僕は目をつぶった。
彼女は僕の眉毛を、毛の流れのとおり、ゆっくりと撫でている。
そっと目を開けると、無邪気な笑顔の彼女はいなくなっていた。
そこには、慈しむように、深く愛情に浸した瞳で。
僕を見つめる彼女がいた。
キスの距離。
唇は目の前。

「…待て、よ…」

僕の気持ちを手に取るように。
あなたはもう一度、僕に言い聞かせる。
前傾姿勢になる彼女の体重が、僕の足に加わる。
彼女の触れる体温、息、重み。
これらで僕の存在を踏み潰してほしい。
彼女の髪が僕に触れ、いい匂いが目の前に広がる。
頬同士を擦りつけ、唇が、僕の耳に到着してしまう。

「…私が欲しいでしょう?」

脳に直接問われる。

「はい…」
「…愛してるの?」
「愛してます」
「…もっと」
「愛してます、あまねさん」
「…もっと」
「あまねさん…愛しています」

僕の耳元で一つ、大きく深呼吸をする。

「…よし」

言い終わるのと同時に、両手で挟んだ僕の顔に一番甘い口付けをひとつ。
冷たい床であなたの足が冷えないように。
僕は乗せられた足を抱き寄せる。

「さぁ、あなたが淹れてくれたコーヒー飲もうかな」

離れた顔は無邪気なあなたで。
僕はあなたの全てに、翻弄され続ける。

--------------------

お読みいただきありがとうございます。

宜しければ、Twitterフォローお願いします。
主に新しい物語、SM、日常をぼやいています^^♥

::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::୨୧::::::::::
■Twitter
https://twitter.com/amanenoanone

::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::୨୧::::::::::

サポートいただけたら嬉しいです。 少しでも多くの癖を刺していきたいと思っています。 よろしくお願いします。