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「その先」4

私の含み笑いを横目で確認したアサクラ様の口角も、一瞬だけ上がったように、私にはそう見えた。 
 
「レナちゃぁーーーん!ちょっと~指名になっちゃったじゃない~~~~あの人○○のヤクザでホントはうちの店に入れたらまずいのよ~~~!」 
 
バックルームに戻った私に大声で泣きついてくる店長の姿は想定内だったが、まったく大げさな男だ。 
アサクラ様はその後二回延長し、なんの前触れも無く下座くんへ「おう、車まわせ」と一声かけ、私の連絡先も聞かないまま、あっさりさっぱり帰っていった。 
エレベータ前のお見送りでも目を合わせること無く、うーん、なんだか拍子抜け。 
 
「連絡先を交換してないし、大丈夫でしょ。っていうかだったら入れなきゃいいじゃん! それは店長の仕事でしょ!」 
 
「やだーーーレナちゃん正論の暴力ーー! だってね、営業前のコンビニでたまたま会って声掛けられちゃったんだもーん…昔少しだけお世話になったことあってね、もう何年も会ってなかったんだけど…」
 
「うんうん、で?」
 
「それでね、今店長してること言ったら、『じゃあこのまま行っちまうか!』ってアサクラさんが一人でノっちゃったんだもん……ヤクザの悪ノリに口出せないでしょ~~!!」
 
子供みたいな喋り方で、モジモジと身体をよじらせながら説明する店長。憎めない大人。
わざとらしい演技を背中で聞きながら、ロッカールームへ入る。誰よりも早く着替え始めていると、顔なじみのメンバーが続々と入ってきた。皆、何を隠すこともなく、女子だけの空間というのは遠慮も恥じらいもないものだ。
 
「おつー。ヤクザ場内だったじゃん。やばー」
 
パンツ丸出しで着替える私に声をかけてきたのは、同時期に入ったキャストのモナだった。
私より一つ年下のモナは、派手な外見とその気取らぬ若いノリから、この店のギャル担当を一人で担っていた。世の中ギャル好きな男は一定数いる。モナは毎月トップテンに入る安定の人気ぶりなのだ。
 
「やばいよね、まさかの場内、からの延長」
 
「やば、極妻じゃん」
 
「極妻だよ、やばいっしょ」
 
私はモナと喋る時間が大好きだった。この子と中身の無い会話を繰り広げているうちに、ギュっと凝り固まった脳みそがゆるゆると解けていくのを感じる。
モナの何が一番好きかって、女の子同士の馴れ合い仲良しをしない所である。
仲良くもないくせに連絡先を交換しない、見栄のために自分の話をしない、周囲に見せつけるため手をつないだり寄り添ったりしない。そんな当たり前のことをしないモナの醸し出す空気感が、私にとっては居心地が良く、大好きなのだ。
 
「っていうか若い方いたじゃん? まじタイプなんだけど~また来ないかなーレナちゃん言っといてよ、ヤクザのおじさんに」
 
下座くん、モナのタイプだったらしい。まぁ確かに、言われてみればモナが好きそうなタイプだ。もしまた飲みに来ることがあれば、モナが下座くんを気に入っていること話してみよう。うまくいけばモナも指名になって、一緒に席つけたら楽しいだろうな。モナのギャル語弾丸トークにアサクラさんは呆れて笑ってくれそう。下座くんだって、モナのあっけらかんとしたキャラを前にだんまりを決め込むことは不可能だろう。あぁ、いいな。四人で遊び行ったりできたらいいのにな。
連絡先さえ交換せず、二度と来ないかもしれない相手。
そんな、あるかもわからない二度目に思いを馳せて、一人心を踊らせるのであった。
 
「お疲れさまでーす」

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