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「何も知らない」6


「ごめんね、もう会わないようにしよう」

それは突然のことだった。

機械を通したアオイさんの声が、別人のように聞こえた。

「…なんでですか?」

冷静に。乱れることは、できない。

「うちのにバレたのよ、トウマ君との事」

いつそうなってもおかしくは無かった。
まぁ、そうだよな、週末のたび家を空けてたらおかしいもんな。
でも、平気なのかと思ってた。だから余計なことは考えず、会っている時間に全てを注いだ。仲がうまくいってないって言ってたから、このまま僕と一緒にいてくれる日が来るかな、なんて。

終わりを迎えたのは、僕の方だった。
何も無い僕が選ばれるわけないよな、何で勘違いしたんだろう。
僕のこんな頼りない腕で、貴女の何を守り、何を奪い取れる。
目の前で、あんなに近くて。
僕に触れ、名前を呼んでくれた。 
僕は何かにでもなった気でいたようだ。
ウリ専で買われた男、僕はただ、それだけじゃないか。

暖かくて、居心地が良くて、僕は勘違いしたんだ。
自分の居場所も、未来も、現実も。

「探偵つけられてたの…しかも、自殺未遂起こしたのよ…あの人」

自殺未遂?
僕はとっくに死にたかったんだよ。
今更そんなことしてアオイさんの気を引くなんて、どこまで自分勝手なんだよ、アオイさんは優しい人だから、弱さで拘束するお前を見捨てられないんだよ。

“じゃあ、僕も死にます”

言ってしまいたかった。
喉が言葉で詰まる程。縋りたかった。

感情がガラガラと崩れていくその頂上で僕は、落ちていくその最後の瞬間もアオイさんが大好きで。

でももう、崩れた僕は、二度と笑えなかった。

「…もうどうしても無理ってことですよね」

「…うん、本当にごめん」

崩れ落ちた精神は、砂埃に紛れ、静寂を取り戻した。

「わかりました、楽しい時間を有難うございました」
「ちょっと、トウマくん…」
「大丈夫です、元々僕は買われただけですし」
「待って、私、トウマくんのこと…っ」

「さようなら、アオイさん」

最後の言葉を聞けなくて、アオイさんの声を遮るように通話を終わらせた。
僕は最後までだめだった。何よりも大事にしたかったものを、弱い自分が投げ捨てた。
二人の出会いも、思い出も、アオイさんの存在自体も傷つけるような。そんな終わり方をしてしまった。
しょうもない僕の弱さは、暗く正しい道へ引き戻すように、大切なものをすっぽりと振り払い落とした。

何も、考えたくない。
週末が基準になった一週間のサイクルも、次会った時一緒に飲もうと買っていた酒も。
今は何も考えたくなかった。

そして僕は、以前よりも死にたくなった。

目眩がするほど穏やかな愛を経験してしまった僕は、それ相当の希死念慮に支配された。

仕事で痛めつけられても、何も感じなかった。
もっと、もっと酷く、苦しめて。
手足をもぎ取り、胸を引き裂いて、諦めが悪い小さな心臓を握り潰して。
どうして、涙さえ出ない。

毎日暗い部屋に戻り、座ったまま眠った。
空腹を感じず、食費がかからなくなった。
緩やかに、死に近づいている気がした。

“アオイさん”

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