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「酒飲み仲間の変態野郎」

「最近俺のインスタ、墨だらけの女ばっか出てくるんだけど」

二杯目を注文した友人は、すでにエンジンのかかったテンションで私に語りかける。
遅れてきた私は一杯目を頼み、やっと落ち着いたところだっつーの。

「そんなんばっか見てるからでしょ、レコメンドされてんだよ」
「一回ね! 一回見ただけよ。そりゃ見るでしょ~巨乳のお姉ちゃんが首から指先まで墨入れてこっち見てんだから! 見ないほうが失礼でしょ…!」

何に対して失礼なのよ…
運ばれてきたビールを一気に喉へ流し込み、枝豆をつまみながら呆れ顔で返す。
こいつは昔っからの腐れ縁で、一年にニ〜三回、どちらからともなく集まり、決まって同じ居酒屋で酒を飲む。
楽な異性の友人代表。そして私の人生娯楽部門において、失いたくない人間代表でもある。

「好きそうだもんね、そういう女とするビンタセックス」

こいつを失いたくない理由の一つとして、下ネタを何の他意もなく語れる貴重な相手ということがあげられる。下心なく、見栄も虚勢もない。時には事実を元に語り合い、そのまた時には興味の赴くままに情報共有をする。こいつは異性だ。『異性間の友情って本当にあるの?』なんてよく言うが、そもそも私たちの間に“友情”がない。そんな熱く美しい絆のようなものはなく、ただただ生きる途中でたまに寄り合い、酒を交わし、ガハハと笑えばまたねで終わり。それを“友情”というのなら、あるんだろうね。私たちが過ごしているこの“過程”がそう言っている。

「いやー痛み強いのかなとか思っちゃうじゃん、それは」
「でも女よ、バチン!って引っ叩いた次の瞬間は女よ、頬を押さえながらゆっくり睨みつけられた最高じゃん」

互いに性癖を知っている。彼氏彼女家族も知っている。なんなら兄弟の恋人まで知っている。知ろうと思ったわけじゃない。何がどうってわけでもない。“腐れ縁”、私たちを説明するには、この言葉が便利で仕方ない。

「いやいや、だって俺驚かれたいもん、睨まれたら強さの段階上がっちゃう、髪掴んで腹パンとか」
「…イカれてんじゃん」

すっとぼけた顔でリアクションを要求する面倒なやつ。私が吐き捨てるように毒を吐くと、それがいつもの楽な空気に溶け込み、やつは嬉しそうにニヤニヤと笑った。
“ばかだね、ほんと”、言葉にはせず間で返す。そんな間に、お互い次の会話を探してる。話題が無いのではない。話したいことがありすぎて、出す順番を考えているのだ。
頭の中で整理をしながら、先に店に着いた奴が頼んでいた梅水晶をつまむ。
コリコリしてさ、すっきり酸っぱくて、美味しいんだよな、これ。
他にも運ばれてくる料理はすべて互いの好きなもの。私たちの定番がズラリと並ぶ。
私が好きなものは奴も大概好きだし、また、私も奴が頼む料理は決まって好きだ。長年ともに飲んでいると、味覚もタイミングも、居心地の良いソレが本能に染み付いてくる。

「いやでもさ、それで勃つわけでしょ? 驚いた顔見て」
「うーん、まぁね」
「彼女とどうしてんの? セックス、勃たなくていいの? なに、若い男の子連れてきてネトラせとか?」
「ネトラレ好きなのはお前じゃん、俺は普通にするでしょ、セックス、それとこれとは別よ」
「ふーん…まぁ私もそうだけど、でもしたくない時あるよ、フェラとか、吐き気する」

お互いが“そういう”性行為が好きなこと、そんな前提を知っているから話が早い。
それに肉付けされるそれぞれの性格、環境。常に冗談半分。話が美味しいと酒が進んでしまう。

「SMやるときフェラ一切しないの?」
「うーん、しないかも。いや、フェラ自体が悪じゃないのよ、それに至るまでの流れがいけないの、あのなんとなーく『はい、じゃあ次は僕の番ね、いそいそ…』みたいなアレ」
「いやそれ普通でしょ、急に頭掴んで『ほら咥えろよオラオラオラ』なんてしないのよ、ノーマルセックスにおいて」
「そんなんわかってるよ! しかもオラオラされたらもっとやだわ! 一生口開けないわ、そいつの前で」
「じゃあどんなんだったらいいのよ、流れとして」
「それがわかったらここでアンタに話してないよ」
「んだよ、処女かよ」
「処女かー処女に関するエピソード無いなー」
「俺あるよ、昔さ…」

次から次に話が飛ぶ。
こうしてもともと話したかったことなんて、全て解消できた記憶がない。
だが常に完全燃焼なのは、居酒屋を出るとすでに空が薄ら明るい、そこまで喋り倒しクタクタで帰路に着く疲労感が物語る。

「…そういえばさ、俺結婚すんだよね」
「…は?」

お酒も進み、さっきまで何を話していたかもぼやけて来た頃、やつが変なことを言う。

「は? 結婚? 誰が」
「俺だよ、彼女と」
「え、まじで?」
「うん、さすがにこの歳だし、彼女も同い年だからね、結婚したがってたんだよずっと」
「…う、えー…結婚…できんだね…あんた」
「なんだよそれ、でもわかる、するみたい、結婚」
「お、おぉ…おめでとう…」
「おぉ、ありがとう」

なんだか改まってしまう。
そして、戸惑っている。友人として「おめでとー!」が普通だが、そんな普通のノリでいいのか判断に迷い、うっすらとばかにしてしまう。
結婚かよ…おいおい、一生しないと思ってたよ、あんた。

「え…で、いつ? 籍いれんの? 結婚式は? っていうか子供?!」
「一気にくるじゃん…子供はいないし、籍入れんのは次の休み、結婚式は小さいのだけやる。写真撮りたいんだって、こんなビールっ腹と」
「え、痩せろよ、ビールやめて焼酎にしな」
「いいよ、今更痩せた所で、もう何年も一緒にいんだから」
「ばかだねあんた、そういうことじゃないんだよ、一生に一回であろう華やかな思い出でも記憶は薄れるんだから、静止画に残る姿が真実として常に上書きされてくんでしょ、だから最善を尽くしなさいよ彼女のためにも…っ」
「なんだよ、何熱くなってんだよお前が…」

確かに、何熱くなってんだ、私。
奴の彼女にも会ったことがある。とてもいい人だった。
一生結婚できないと思ってたこいつと何年も付き合ってくれて、毎日お弁当とか作ってくれてるって言ってた。そんな二人が結婚するって聞いて、ホントはめちゃくちゃ嬉しい。嬉しくて、嬉しすぎて。嬉しいはずなのに、うまく言えないよ。

「…だって、だってあんたが、あんたみたいな男をもらってくれるって、そんないい彼女なのに…っ」
「……泣いてんじゃん」
「泣くよそりゃ、嬉しいから、あんたが結婚できると思ってなかったら…泣くに決まってんじゃん、結婚式だってみんな泣くじゃん…よかったよ、ほんと…だってこのままだったらジジババになってもずっとこうやって飲んでるはめになったし…っ」

飲みすぎた。何に感極まってるんだ私は。
結婚という事実に、変わらないと思ってたのは私だけという事実に。
嬉しくておめでたくて、友人として心の底からハッピーにおめでとうって言いたいこの時に。私はなんだかとても寂しくなったなんて、おかしい。

「あのねぇ…」
「……?」

奴はジョッキグラスをコースターに置くと、坊主頭を掻きながら、ゆっくりと話し出す。

「あのね、俺たちはジジババになっても飲むんですよ、ここで。それは変われないの。美味いんだから、この酒は」
「……はぁ?」
「だから、俺だけ結婚しちゃうから寂しくなったんだろ? 『私を一人にしないで~~~』って」
「違うよ! …違くないけど、ちょっと違くて…あんたの結婚は本当に嬉しいし、本当におめでとうって思ってる、これは間違いない。…だけど、結婚するとさ、やっぱ自由なくなんじゃん…生き残りはどんどん少なくなって、あんたはずっと結婚しないと思ってたから…もうこうやってお酒飲めなくなるのかなって思ったらさ……ちょっと、悲しくなったんだよ馬鹿野郎…っ」
「ふふ、ばかだねお前、もともとそんな高頻度で飲んでねーだろ俺たち、変わんないよ、この飲みは」

もともと大した化粧もしてきてないけど、鼻の頭が赤くなるのは情けない。
酒が入るとだめだね、涙もろくなる。そういうことにして。

「…一年にニ回、できたら三回、なんなら彼女も、じゃなくて奥さんも一緒に……おめでとう、本当にっ………うえーん…」
「ありがとう、お前も早く結婚しろよ」
「たまたまお前が早く行けただけだろ、先輩面すんな、彼女に感謝しろ…っ」

流れ出た涙はすべてアルコールだったらしい。
腹のそこから清々しく、冷静になってみると、友人の報告が嬉しくて仕方ない。
何もしていない私が少々自慢げな気持ちにさえなってくる。

「…んだよ、あんたのせいで酒抜けたわ、おかわり、ピンポン押して」
「普通に飲み足りないだけだろ、俺も頼も…」
「あんた焼酎ね、しかも青汁割」
「俺嫌いなんだよね~青汁」
「自分の腹見ていいなぁ、この変態ビール腹が!」
「まぁ、これを愛している人がいますんで」
「ちっ!」

嬉しいよ、本当に。おめでとう、いい男!いい変態!

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