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「その先」22

 
 
店長に宣言したとおり、翌日はアサクラさんとご飯の予定だった。
冬晴れの夕暮れ。約束の時間に私は一人駅にいた。あの日と同じ、最寄り駅で待ち合わせ。
湿度も気温も低いこの季節は、お洒落をするのに持ってこいだ。髪の毛は巻きたてのように弾み、化粧崩れの心配も少ない。相手は大人の人だから、どんな服装がいいかしばらく悩んだ。そのおかげで遅刻しそうになり急いで出てきたんだ。

けれど、時間になっても見覚えのある四駆は現れず。
一時間経っても私は一人、誰も迎えになど来なかった。
 
何かの間違いかもしれない。
携帯画面にアサクラさんの電話番号を映し出す。
押せばたちまちコールはかかり、私が電話をかけた事実が相手の着信履歴に残される。鳴り出す着信音のイメージが脳内を占領する。画面に映し出される数字を目でなぞる。押せばいいのに、私の指は躊躇する。待ち合わせ時間が過ぎても現れないんだ、電話をかけて確認するのは当然のこと。それなのに、閉じ込めていた宝物のような番号は、扱い方に慣れていない。

不安と緊張。鳴り止まない心臓音。
私はその場でしばらく携帯画面と睨み合った。
声が聞きたい。姿を見たい。遅れてるだけだと、いつもの調子で言って欲しい。
握りしめる携帯。息を止め、覚えてしまった電話番号をタップする。

(プルルルルルルル…プルルルルルルル…)
 
聞こえてくる規則的なコール音。
いつ出てもおかしくないはずが、コールが切れる気配を感じない。留守電にすらならない電話は、私から切るしか選択肢がなかった。
 
結局私はその日、夜が深くなるまでアサクラさんを待ち続けた。何度帰ろうと思っても、すれ違いになる可能性が頭をちらつきなかなか駅から離れられなかった。
空は一面暗くなり、この街から星は見つけられない。
一日が終わりに近づいた頃、もうあの人は来ないと自分に言い聞かせ、一人自宅に戻った
 
それから約一ヶ月。
アサクラさんから連絡が来ることは一度もなかった。
店に来ることさえ、パッタリとなくなった。
店長もアサクラさんの名前を口にすることはなくなり、そうして全てが元から無かったかのように、流れていった。

しかし、私以外にもう一人。アサクラさんの存在を忘れていない者がいた。

「レナちゃーん、あのイケメン来ないのー? ヤクザのおじさんの」
 
それは同僚のモナだった。ヘアメイクのタイミングが重なり、横並びで座っていた時。急な“ヤクザ”という単語に驚いた私は、聞かれてはいけないことを隠すかのように慌てて周囲を確認した。

「…え、レナちゃん寝てた?」

鏡越し、バッチリメイクのモナが訝しげそうに聞いてくる。

「あ、いや…ごめん、ぼーっとしてた」

「レナちゃん最近そんな感じだよね~結構ぼーっとしてる」

「え、まじ? お客さんの席とか?」

「そうそう、まぁ塩対応好きの客にはウケそうじゃん」

あっけらかんとした態度で接してくれるモナに、私はいつでも救われる。私の胸の中だけに閉じ込めていたアサクラさんの存在が、モナの発言によって少しだけ軽くなるような感覚がした。

「…アサクラさんがもしまた来れば言っとくよ、イケメンのこと。可愛いギャルが会いたがってるって」

「えーめっちゃ言っといて! 来る日わかったら前もって教えてね、気合入れるから!」

「うん、わかった。言うね」

次に来ることなんてあるかわからないのに。
こうして何でもない風に口にしてみれば、抱えた気持ちは軽くなる。ふわっと軽くなり、一人になると何処からともなく帰ってくる。

こんな日々を繰り返していたある日。
その時はいつも急に訪れる。

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