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「その先」13

――

冬が進み、気づけばコートが欠かせない季節になっていた。

アサクラさんと最後に会ってから約三週間。
私の連絡先を書きこんだ名刺を渡してから三週間。
アサクラさんが、私の携帯を鳴らすことは一度もなかった。

過ぎていく時間は他人事のように私を一人、その場へ置き去りにしていく。広い世界の一つの塵。塵一つが小さく舞った所で、この世界には何の影響も及ぼさない。身の程知らず。淡々と流れる時間を前に自らを言い聞かせ続ける私が一人だけ、その場から動けないでいる。

客に連絡先を渡す時、大きくわけて二つのパターンに分けられる。相手から求められ渡すのと、自分の客にしたいため自ら渡すもの。前者はほとんど翌日までに連絡が来る。後者は相手の気分次第。次飲みに来るタイミングで連絡をもらうこともあれば、一向に連絡が来ないこともザラにある。アサクラさんに関してはどちらにも該当しないが、強いて言えば後者だ。だって「教えて欲しい」と言われていない。この三週間、私とアサクラさんはただの『後者』だったのかと何度も落胆した。何かが始まってしまう予感、あれは私の勘違いだったのかと。たった二晩共にした記憶が繰り返し再生され、その度に強制停止をするのであった。

なぜか、そんな私の変化を見抜いたのは、ぐっさんだった。あんな呑助から急に『猫カフェ行こうぜ』と意外な連絡が入ったのだ。

(なんでぐっさんと猫カフェなのよ……)

私の反応など気にする素振りもなく、二言目には場所と時間が指定された。そうでもしないと出てこない私を知っている、これはぐっさんの気遣いだ。私の前では常に弱っちょろいぐっさんが、強い口調、態度で接する時。それはこの男の不器用な優しさだと、私だってよくわかっている。
待ち合わせ場所へ向かうと、既にぐっさんが先に着いていた。人で溢れ返る街の真ん中、私と目が合った瞬間恥ずかしげもなく大きく手を振る男。

(全く…恥ずかしいやつ…)

遠目でもわかる大きな笑顔は、弱く縮こまった私の心を柔らかく解きほぐしてくれた。
真っ昼間、浮かれるぐっさんと横並びで歩き猫カフェへ向かう。街は家族連れやカップル、学生のグループで賑わっていた。そんな中、夜しか顔を合わさない私たちは、お互い口にはしないものの今ある状況の新鮮さに少し照れくさくなった。ぐっさんに連れられるまま歩いていくと、迷うこともなく目的の猫カフェにたどり着いた。ぐっさんが受付をしている間ガラス越しに店内を覗いてみると、中には数組の客が思い思いに過ごしているのが伺えた。

「一時間制でその後十分毎に自動延長だって。メニューに酒が無くて良かったわ…」

受付を済ませたぐっさんがぶつくさ言いながら戻ってきた。

「指名聞かれなかった?」

「まぁね、同伴だからね、こっちは」

神聖なる猫たちの空間に、私らのような人間が入って良いのかと思えてくる。意を決し暖かな猫部屋に入っていくと、なぜか店中の猫がぐっさんに集まってきた。一匹、また一匹とぐっさんに引き寄せられるよう、足元で喉を慣らしている。

「ちょ、なんなの…あんたモテたいからって何か仕込んできたでしょ?」

「そんなわけね~だろ~怖ぇよぉー」

あとから知ったことだが、実はぐっさん、猫があまり得意ではなかったらしい。大量の猫に囲まれ固まる姿に、私は腹が捩れるほど笑った。その後もぐっさんは終始猫にモテ続け、「俺、今度から通うわ、ここ」と大きな身体を硬直させながら苦笑いを浮かべていた。
その後行った焼き鳥屋では、猫にまみれるぐっさんの写真を間宮くんに送りつけ、忙しい彼に感想を強要し二人とも怒られた。涙を流しヒィヒィと苦しみながらも笑い続けた数時間。本当に楽しくて、楽しくて楽しくて。私の様子を確認しながら大げさに笑うぐっさんを見ていると、「なんでこの人じゃだめなんだろうと」と、そう思った。

ぐっさんと別れた帰り道、バッグから携帯を取り出す。今日一日放置していた携帯。SNSの通知欄、着信履歴。一通り確認し、知らない番号からの着信がないことを理解する。気分は一気に逆戻り。何が私をこうするのか。
アスファルトに投げつけてしまいたい携帯を握りしめ、何も知らなかった頃の自分を羨んだ。
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