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「何も知らない」7 最終話


“アオイさん”

携帯がひかり、液晶に浮かぶ懐かしい名前。
消してなかったんだ、僕。
心臓だけが正直で、打ち付ける痛みを感じながら、届いた一通のメッセージを開く。

「トウマくん、久しぶり。元気?…にはしてないよね、君はきっと」

アオイさん。
アオイさんの言葉。
あの時のアオイさんの声が、耳の中で再生される。
それは真横にいるほど鮮明で。
僕は何一つ忘れられないでいることに気づく。

「私は変わらず、前の寂しい生活に戻ったよ。旦那とも、何も無かったみたいに過ごしてる。あんなことがあって、変わらないでいられるほうが変だよね。ほんと、嫌な大人になっちゃったな。」

文字を追うことに必死だった。
呼吸が落ち着かない。
暗い部屋で一人、久しぶりに感じたアオイさんの気配に、抑えていた記憶が一気に放出され、僕の脳裏を駆け巡る。

「実はね、探偵つけられてたって言ったでしょ?うちの人にトウマくんがどんな人か全部ばれてたの、君、実は未成年だよね?私は何となくそうじゃないかなぁって思ってたけど… やっぱ私の感は鋭いなぁ、なんて。それで、このまま関係を続けるなら彼側に慰謝料も請求するって」

知らなかった。
アオイさんが僕のことで、旦那さんにそんな事言われてたなんて。
それなのに弱く卑怯な僕は、一人身勝手に自分の気持ちだけ押し付けて。
最後までちゃんと向き合おうとしてくれたアオイさんの優しさを踏みにじった。
アオイさんは、関係を一切断ち切る事で、僕をも守ろうとしてくれたんじゃないか。

「最後、君は言わせてくれなかったけど、私本当に君が大好きだったよ、こんなおばさんなのに、変だよね、ごめんね。私ね、トウマ君と一緒にいる時世界が広がった気がしてたの。君との時間は夢みたいだった。でもね、夢は夢で、続くのは現実なんだよね。これから先生きていく中で、私は君をきっと忘れられないと思う。君は若いし、かっこいいしさ、一時の遊びだったと思うけど、私は今後も大事にしていきたい思い出なんだよね。」

そんな…。
僕だってアオイさんが大好きで、こんなに辛いなら貴女に出逢ったあの日に戻って、迷わず玄関を出ればよかったなんて。そんな意味の無いことを繰り返し考えてしまう。

ふざけた時にえくぼができる笑顔も、
僕を諭すように甘やかす笑顔も、
時々する悲しいはずの笑顔も。
貴女の笑顔が、僕に焼き付いて離れない。
貴女は美しい女性だって、貴女のことが何よりも大切で、僕は貴女を愛してるんだって、もっと、もっともっと、伝えればよかった。

「トウマくん、テレビ見ないでしょ?全然気づいてくれなかったけど、実は私たまにテレビ出てるんだよ?これ読んで驚いてくれてるかな…」

メッセージを読みながら、急いでテレビをつけた。
アオイさん、アオイさん、アオイさん
ザッピングしてもそれらしい姿は見つからず、検索機能を使い、“アオイ”が出演している番組を探した。
こんな単語を含む番組も出演者も山ほどヒットした。
もっと、何か、ヒントを。
メッセージを読み進めると、文章の最後に名前が記されていた。

「葵 藤子 ―Aoi tohko」

あおい、とうこ…

…とうこさん………

葵さんって…とうこさんだったんだ…

一気に溢れ出した涙は、目の縁に少しも留まれず次から次へとこぼれ落ちた。

僕は名前すらまともにわかっていなかった。

初めて見る名前を、何度も目でなぞり、何度も何度も心で呼んだ。
僕は何もわかってなかった。本当の葵さんをちゃんとわかってあげられなかった。
いつも明るく笑顔で言葉をくれる、最後のこの瞬間までメッセージを打つ貴女の笑顔が浮かぶ。
貴女の抱える悲しみを僕に分けて貰いたい、貴女が少しでも満たされればいい、そう思っていた。
それなのに僕は、最後の最後まで貴女に満たしてもらってばっかりだ。
そんな事、今になって気付くなんて。
後悔と悔しさが僕を全力で押しつぶす。
涙で視界が歪む中、テレビ欄の検索に「葵藤子」と打ち込んだ。

…ヒットした。
それはワイドショーだった。
コメンテーターの欄に“葵藤子”の文字。
あと5分ではじまる。
嘘だろ…葵さん、葵さんがテレビって…。
もう、なんで泣いているのかわからなかった。
それでも何かが切れたように、僕から流れ出る涙は止まる様子が無かった。

「私はこれからテレビで挨拶する時、画面に映った状態で三秒頭を下げるから。その間、私は君と過ごした時間を思い出すんだ。君が見てるかなんてわからないけど、君がもし見ててくれたなら、そう思うと、繋がっていられるような、そんな気がするのよ。私の残りの人生、君との思い出が私を支えてくれるから。素敵な思い出を作ってくれて、本当にありがとう。トウマくん。 葵 藤子 ―Aoi tohko 」

テレビから流れるキャッチーなオープニング曲。
時間が止まったように、僕は画面にしがみつく。
司会者が映り挨拶とたわい無い雑談を繰り広げる。

「…では、本日のコメンテーターを紹介しまーす。まず、フリーライターでご活躍中の葵藤子さんでーす…」


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