桜介に愛の花束を 27
またね
「でも菜緒、一人で抱えてたんだな」
桜介の穏やかな声が私の脳内に居心地よくとどまる。
「菜緒が思うほど悪くない未来が待ってるかもしれないよ?」
「私の未来は最悪のシナリオだよ」
何をどう考えても「悪くない未来」なんて思いつかなくて、桜介の言ってる意味が分からなかった。
普通は日々の積み重ねでラストがある。だけど私はラストがあって逆算するように日々を重ねる。
どんなに頑張ってもあのラストがある限り楽観的に物事を考えられない。
「菜緒、不安が顔に出すぎー」
そう言って桜介はわざと明るく私の頬をむぎゅっと摘んだ。
「着いたよ、まだ何も食べてないだろ、早く入りな」
「あ、うん……」
いつもは家より曲がり角一つ分離れたところで別れるけど、今日は遅くなったってのと私のメンタルを心配して家の前まで送ってくれた。
小さく手をあげ踵を返し、玄関の方へ向かうと、たまたま……なのか玄関の扉が開いていて、そこから顔を出したのは……
「お母さん……」
母親だった。そしてその後ろから慎二がひょっこりと顔を出した。
「あ、姉ちゃん帰ってきた? 俺のチャリは?」
「あ、ごめん、ちょっと……壊れたかも」
「はぁ?!」
「いや、ちょっとよ、よーく見なきゃ分からない」
「ったくなんだよ、優しく扱えよな……誰?」
気づくの遅いって……
「こんばんは、浅井桜介と申します」
桜介は少しも動揺なんてしないで母親と弟にいつもの柔らかい笑顔を向けた。
受けた側がほぼ確実に気分が良くなる、そんな笑顔だ。
「あら、菜緒の彼氏?」
「お母さん……」
「はい、ご挨拶遅れてすみません」
「まぁまぁ、そんなにかしこまらないで。送ってくれてありがとうね、上がってって」
「え? いや、いいよ」
「あら、あんた送ってもらったんだかお礼しなきゃ。ご飯は食べた?」
「あ、いえ」
「親御さんおうちで用意してるかしら?」
「あ、いえ、うちはまだ帰ってきてないので」
「そう……なら入って入って、お父さん今日ご飯いらないって。さっき言ったのよー! もう作っちゃったのに。もっと早く言って欲しいわ。あんたもいらない時は早く言ってよね」
「はいはい」
ブツブツと父親の小言が増えてきて桜介に聞かれるのが恥ずかしくて桜介と目を合わせて苦笑いしたら桜介もそれを返してくれた。
「ハンバーグ、お父さんの分無駄にならなくてよかったわ」
「ありがとうございます」
「たくさん食べてね。ご飯はおかわりあるから」
「はい」
「姉ちゃんといつから付き合ってるんですか?」
「慎二、うるさい」
「夏休みに入ってすぐかな、小さなお祭りの時」
「あー! そうなんすね」
四人で食卓を囲んだこの日、桜介はとても楽しそうだった。
本当は二回目の挨拶だけどなんのおかしさも感じさせない桜介はやっぱりすごいよ。
でも過去は慎二は反抗期真っ只中だったからいつも部屋にこもりっきりでここでご飯を食べることはなかったよね。
「いつも一人でご飯を食べてるの?」
「はい」
「そう……よかったらうちに食べに来なさい。桜介くんの分一つ増やすくらいなんてことないんだから」
「ありがとうございます」
桜介はお母さんとの時間、ちゃんと取れてるのかな? ふと気になった。
「ただいまー」
「あ、お父さん帰ってきた」
「おかえりー」
リビングに入ると桜介は立ち上がって自己紹介をした。
父はそれにとても喜んだ。だけど自分抜きに楽しくご飯食べてたことを知って少し不機嫌になった。
「お父さん帰ってくるまで待っててくれてもよかったのにー」
「唇尖らすなよ、きめーよ親父」
「こら、慎二。確かに気持ち悪いけどそんなこと言わない」
「母さんまで酷いよ……」
「あは、なんか……ごめんね、相変わらず騒がしいでしょ、この家族」
「あぁ、俺の好きな家族だ」
小声で話すと桜介が目を細めて笑った。
「慎二くんが入った今の方がいいな」
「うん」
「羨ましいよ、明るくて楽しくて、毎日家があったかい」
「桜介の家は? あったかくない?」
「どうだろ? あったかくは……ないかな。でもま、それも俺次第だよな」
もう子供じゃないんだから出来ることがある。
まだ大人じゃないんだから出来ないことがある。
高校生の年はそのどちらも兼ね備えていて、とっても不便な年だった。
「私ね、四月生まれでしょ。みんなよりいっちばん早く歳をとるの。私だけおばちゃんだーって、これ私よく言ってなかった?」
「言ってた言ってた」
「うん、でも今はね、四月生まれでよかったって思ってるんだ。ちゃんと十八歳になれたんだもんね。誕生日遅かったらなれないままだったよ」
「そうだな」
「だけどね、私、おばちゃんに――なりたかったな」
いつまで経ってももう子供じゃない、かといってまだ大人じゃない、そんなどこか脆くてどこか危なっかしい、そこから抜け出せないまま終わってしまった。
「大人っていいよね。絶対楽しい。自由もあるし責任もある」
じゃあそろそろ帰ろうかと立ち上がった。
「お母さん外まで桜介送ってく」
「はい、またいつでも来てね」
「ありがとうございます、お邪魔しました」
「じゃあ、桜介また……明後日」
「あぁ、また明後日」
またね、で終わる一日がまた終わりを迎えた。
いつも悲しくなるこの時間、なかなか前向きにもなれない。
あと何回「またね」って言えるだろうね。
あの死神さんうっかり私が死んだこと忘れてこのままおばちゃんになれないかな、なんてふっと思っては「それは無理か」と虚しく笑った。
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