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桜介に愛の花束を 21

タイムカプセルに乗せて


 桜介のこと詳しく聞かなかったり、桜介と未来の話をしなかったのは現実になるのが怖かったから――。

「あとは椅子並べて黒いカーテン被せたらいいかな?」
「だいぶ出来上がってきたな」

 毎日遅くまで残って少しずつ完成していくお化け屋敷に言葉に出来ないくらいの達成感を感じていた。

「私、青春してる」って思っては胸がギュンと軋《きし》んだ。錆《さび》
てきてるのかな、最近よく軋む。

 潤滑油がないとギーギーとこの胸はうるさいままだよ。

 潤滑油、って一体なんなんだろう。

「みんな、当日のメイクのリハさせて」

 衣装係の子にそう言われてそれぞれメイクが施された。

 メイクが終わり鏡を渡されると思いのほかリアリティ溢れるクオリティに思わずギョッとして息を飲んだ。

 周りにいるみんなの顔を恐る恐る見たらみんなギョッとしていて、次の瞬間みんなで吹き出した。

「ちょっとー、うますぎだよー」

 そう言うと連鎖するようにみんなが笑いだして教室の中、笑い声が響き渡った。

「じゃあ当日これでいいね」
「うん」
「早めに来てね」
「分かった」

 メイクを落として今日は早く帰れるから四人でファミレスに寄った。

「私ハンバーグ」
「あ、俺も」
「俺はナポリタン」
「私は……ドリア食べよ」

 そしてそれぞれ順番にドリンクバーの飲み物を注ぎに席を立った。

「桜介リレーの練習してる?」
「してない」
「アンカーだろ?」
「あー、うん」
「けーっ、練習しなくても早い奴はいいよなー」

 その時流れたのは普通の空気だったんだけど一平は気にしがちな性格だから少し嫌な空気が流れたと勘違いして、慌てて今言ったことを訂正した。

「桜介、ごめん、そういう意味で言ったわけじゃねーんだ」
「ふっ、分かってるよそんなの。文化祭の準備でなかなか練習出来なかっただけだし、今日終わったらちゃんとやるよ」
「おお」

 一平が嫌味を言うことなんてなくて、ストレートにしかものを言えない性格、なんなら比喩なんてものも使い方がよく分からない人。

 それなのに自分の投げた言葉のナイフがもしかしたら誰かを傷つけてしまうかもしれないとよく気にしてる。

 鈍感の権化みたいな一平にはあまり語られない過去があった――。

「俺さ、親父いないじゃん」

 だけど、この日一平はポツリ、ポツリ、思い出すように、時々詰まりながら話しだしたんだ。

「死んだんだよね、なんか仕事上手くいってなかったみたいで、俺、それに気づかなくて。保育園の時だったんだ『なんでパパはいつも早く帰ってきてくれないんだ! 俺らのことなんて嫌いなんだ! だからいつも俺が寝てから帰ってきて俺が起きる前に出てって俺と会わないようにしてるんだ』って言っちゃって。実際は借金で首が回らなくなって金策に走ってんだけど、翌日、死んでたんだ『大好きだよ』のメッセージを残して」

 そう言って一平は目尻に溜まった涙を気づかれないようにサッと拭いた。

「そこから母ちゃんは荒れちゃって、今は再婚したしよかったけどね、妹もできたし。言葉はナイフになるから、だから俺はポジティブなことしか言わない。人の触れられたくないことには触れない。お前らがなんか様子おかしいこと気づいてる。だけど言わない。それって薄情かな? 俺最近そう思うんだ。傷つけたくない一心で俺がやってるのって結局事なかれ主義なんじゃないかなって。本当の友達だから、いや、本当の友達になって欲しいから二人のこと聞きたいなって」

 一平がここまで私たちのことを考えてくれていたとは知らなかった。

「一平、言葉はナイフなんかじゃないよ。まぁ使い方次第だけどね、言葉は音楽にもなる。どん底の人間の心を軽くする魔法になるのも言葉なんだよ」

 亜美のその核心ついた言葉に一平はぎゅっと強く目を瞑った。

 すると目尻に溜まっていた涙が滝のように溢れてきた。

 一平はそれを手のひらで雑に拭った。

「あのね、一平にそんなこと思わせててごめん。私たちが変わった理由……それは」

 喉まで出かかっていた。
 私は二年後にいなくなり、その世界から来たんだって。

 だけどそんなの誰が信じる?
 いや、世界中の人が笑ってもこの二人なら信じるかもしれない。

「付き合ったんだ――」

 私の口からではない、その上の方向からそんな言葉が聞こえた。

「えっ、ええ?」
「マジで?」

 驚く二人に桜介はニッコリと笑って続けた。

「マジで!」

「なーんだ、そういうことか。なんか違和感があったんだよ、ちょっとよそよそしいって言うか、なんか隠してるような、そういうことか。早く言えよ」

 一平はもう涙を隠すことも拭うこともなく流しっぱなしで笑ってる。

 そして視線を横にずらすと一平の横、亜美も目を細めて笑ってた。

 大好きな二人へ――。

 いつ言えばいいだろう?

 でも私のことを知っちゃったがためにこの貴重な高校生活の二年を二人が楽しめないのは嫌だ。

 知らないままなら思いっきり楽しめたのにって。

 だから言わない選択肢取りたいけどどう思う?

「教えて欲しかった」って言われそう。

 だけど教えたら

「知らなかった方が良かった」

 とも言われそうで私はまだまだ二人の心が読めないね。

 まだ二年もあるんだし、じっくりゆっくり親友の絆深めていきたいな。

 そして私がどちらの選択をしても、二人への想いは変わらないからそれだけは信じて欲しいよ。

 そうだ、手紙を書こう。

「ねぇ、タイムカプセルに手紙入れるやつやらない?」
「え、なにそれ」
「未来の自分たちに手紙を書いて、缶に入れて土に埋めるの。そして何年後かにそれを開けて読むの」
「面白そう。何年後にする?」
「普通は十年後とかじゃね? それか三十歳とかもキリよくていいかも」

「二年後にしよう」
「え? 短くない?」
「短すぎだろ、なぁ桜介もそう思うよな?」
「いや、まずはそのくらいでいいんじゃない? でまた卒業の時に十年後の埋めればいい」
「そっか、じゃあまずは予行練習も兼ねてだな」

 私たちは二年後の三人に向けて手紙を書いた。

 これを読む時、私はいない。

 だけどちゃんと思い切り愛を込めたラブレターを届けるよ。

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