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桜介に愛の花束を 26

私たちに明日はある

 病院に着いて投げ捨てるように自転車から降りると入口から桜介と愛莉ちゃんが歩いて出てきた。

「桜介」

 上がる息を整えて桜介の名前を呼ぶと桜介と愛莉ちゃんがこちらに気づいた。

「もう帰れるの?」
「あぁ、学園祭の準備をしていてうっかりカッターが当たっちゃったって言ったら警察にも言わないでくれたから」
「そう……」

「桜介! 原田」
「ちょっと一平、声がでかい、ここ病院だよ」

 聞き慣れた声がして振り返ると亜美と一平がそこにいた。

「呼んだの?」

 驚いて桜介に聞くと桜介も目を丸くしていたから桜介が呼んだわけではなさそうだった。

「いや」

「大丈夫かよ、原田」

 この二人も息が上がってる。急いできたんだろう。

 しかもこの二人は家の方向が違う。

「なんで知ったの?」
「救急車が学校に入ってったって聞いてすぐ向かったんだよ」
「もしかして学校中の噂になってる?」
「いや、生徒にはバレてないと思う。俺の隣先生の実家だろ、教師の中では今会議開かれてるっぽい」
「そっか、ならよかった。原田ごめん、タクシー呼べばよかったよな、けど結構血出てたし俺慌てちゃって……」

 その桜介の言葉に今にも泣き出しそうな愛莉ちゃんは俯きながら首を横に振った。

「とりあえずどっか入ろう、ちょっと寒い」
「補導されない?」
「桜介と愛莉ちゃんまだ制服かー。じゃあとりあえずそこの公園にでも行こ。なんか温かいも飲み物自販で買って」
「そうだな」

 こうして私たち五人は近くの公園に向かった。
 そして自販機で温かい飲み物をそれぞれ買い愛莉ちゃんに話を聞いた。

「どうしてこんなことしたの?」

 その問いかけに愛莉ちゃんは最初は口を固く閉ざした。

 私と桜介は秘密が亜美と一平にバレるんじゃないかってヒヤヒヤした。

「ごめんなさい」

 まず愛莉ちゃんの口から出たのは謝罪の言葉だった。

「戻りたくて」
「戻りたい?」

 亜美がなにか引っかかったのかその言葉を復唱した。

「いいなって思って」

 だけど愛莉ちゃんの言葉は会話と呼べるようなものではなく、こちらの言葉にレスポンスをしてるというより、ポツリポツリと独り言を言ってるような感じだった。

「辛かった」
「辛い? 何が?」
「死んだらやり直せるかなって思って」

 ここまで会話がちぐはぐだと亜美たちは諦めて質問をするのをやめた。

「死んでやり直せたら桜介くんの彼女になれるかなって思って――」

「いや、期待持たせたことあったならごめん。だけどそういうのないから」

 桜介は期待を持たせるようなことを言ったこともしたこともないと思う。だけどこう言うことで愛莉ちゃんを傷つけない桜介なりの優しさなんだと思う。

 そして曖昧な態度を取らずハッキリと言うことも桜介らしいなって思う。

 こんな二人のやり取りを横目に私は悔しくて悲しくて震えが止まらなかった。

「菜緒?」

 溢れてくる想いは溢れてくる涙となって体から流れ出た。

「なんで……なんでこんなことするの」

 誰もがみんな腫れ物に触れるような物言いの中、私だけがただ一人愛莉ちゃんを責めるように言葉を吐いた。

「なんで……なんで!」

「おい、菜緒どうしたんだよ」

 叫びにも似た声が出た。

「どうして、なんで、いらないなら……いらないらちょうだいよ、私にちょうだいよ、その命、私にちょうだいよ、なんでそんなに粗末に出来るの……なんで」

 私の言葉がもう眠りにつきかけていた夜の公園に響き渡る。

 なりふり構わず言葉にして今まで抑えてきた我慢や寂しさや悲しさが全部爆発した。

「私の体はもうボロボロだから」
「ボロボロだっていい、なんでもいい、だから、だから……いらないならちょうだいよ」

「菜緒、分かったもういい、落ち着いて」

 桜介は私の背中に手を回して「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と何度も何度も言いながらさすってくれた。

「私がいなくなったら、それから桜介に近づけばいいじゃない」
「おい菜緒」

 桜介の声が少し荒くなった。

「菜緒がいなくなるってどういう意味?」

 亜美にそう言われて私は少し声のボリュームを落とした。

「たとえばの話。そうなったら近づけるじゃない。桜介がそれでどう決断するかは別として」

 なんでこんな言葉がスラスラと出てきてしまうんだろう。

 こんな皮肉めいてかわいげのない言葉。

 口をついた直後、それは後悔に変わったけど、もう遅い。

「菜緒、今日はもう帰った方がいい。原田も家でゆっくり休みな」

「愛莉ちゃん送ってく、一緒に帰ろう」

 亜美がそう言うと愛莉ちゃんが俯きながら小さく頷いた。

「じゃあ桜介は菜緒送ってってやって。俺はこの二人送ってくから」
「あぁ、じゃあまた」

 桜介はこんな私の本性を見て私を選んだこと後悔したかな。

 不安で桜介の顔がちゃんと見られないよ。

「菜緒? 帰るよ」
「ごめんね、桜介」
「謝るのは俺にじゃ、ねーよな」
「だよね、うん。愛莉ちゃんに謝る」
「けど、あいつもあいつだよな。菜緒の言ってることはまぁ、正論だよ」

 桜介が謝れって言ってるのは「いらないならちょうだいよ」と責めたことじゃない。
「私がいなくなったら桜介に近づけばいいじゃない」って言ったことだ。

 桜介がそれで愛莉ちゃんを受け入れないことを知っててそんなことを言ったことだ。

「謝れる明日があるっていいよな――」

 そうだ、やり直しがきく。
 後悔する日々があったって、私たちはやり直しが聞くんだ。

 だからそんなに悲観することはない。

 後戻りできる限り、間違った選択を修正すればいいんだ。

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