桜介に愛の花束を 32
私は今日も生きている
「そうだ、愛莉ちゃんカウントダウンうちに来ない?」
「え?」
「みんなで集まるの。よかったら」
結局三人とも二つのドーナツを頼んで、私はまずはクリスマス限定の方をかじった。
うん、やっぱりこれ正解だ。甘さが体に充満して幸せが充満してる気分になる。
思わず綻ぶ顔。口元についた砂糖をペーパーナプキンで拭きながらまだ愛莉ちゃんを誘ってないことを思い出した。
「いいの?」
「もちろん。私たちと桜介と一平いるけど、もし……嫌じゃなきゃ」
これ、誘うのが正解なのか不正解なのか、本当は分からない。
愛莉ちゃんが桜介と一緒にいることが辛いかもしれないから。
ここすごい難しくて、愛莉ちゃんの本心が分かればいいのにって思う。だけど愛莉ちゃんは嬉しそうに笑って首を縦に振った。
この感じからして大丈夫そうだけど、私、デリカシーないかな?
「二人がいてくれるから気まずくなくて桜介くんとも友達に戻れるのすごく嬉しい」
「本当? 実はちょっと誘うのデリカシーないかなって思ってて……」
「そんなことない。桜介くんてもしかしたら脈あるかも? なんて感じさせることないんだよね。それが好きだったのかもしれない。振り向かない感じがよかったの。振り向いたら気持ち、冷めてたかも」
「それ分かる」
亜美が前のめりにその話に入ってきた。
「好きなのがいいんだよね、片想いがたまらない。自分のこと好きになってほしい反面、好きになられたらなんか萎えちゃう」
「そう!」
二人が分かりあって大盛り上がり。
だけど私にはよく分からなかった。
「手に入らないものほど欲しくなる。だけど手に入れた瞬間、あれ? ってなるんだよね」
「あ、それならわかるかも。昔すっごい欲しかったおもちゃ、毎日ねだって誕生日に買ってもらった瞬間……気持ちが落ち着いて結局あんまり遊ぶことなかったな」
「それそれ! それと同じ。私もそんな時あった」
「まぁ、分からないけどね、結局振り向いたわけじゃないし」
そう言うとふっと笑った愛莉ちゃんの笑顔がいつもの少し物憂げなものじゃなくてとても自然なものだった。
それが嬉しかった。時間は過ぎていて、気持ちも変わっていく。そんな当たり前の毎日を噛み締めていた。
「そういえば菜緒、髪伸びたね」
「え、そう?」
「そろそろ肩につきそうだよ」
「前髪も、目にかかりそう」
そう言われて見ればそうかもしれない。目の前のガラスに反射する自分の姿を見つめて前髪を整えた。
「そろそろ切りに行こうかな」
ふと指を見ると爪も伸びている。
――あぁ、私、生きてるんだ。
こんな当たり前のことを意識したことなんてなかった。
「どうしたの? 急ににやけて」
「ううん、今回は伸ばそうかな」
「似合いそう」
生きてるって実感出来るのが嬉しいから髪を伸ばそう。
帰ったら漫画の続きを書こう。
主人公の髪型は――ロングに変更だ。
気温は一気に下がり朝起きるのが辛い季節。
「降るかな?」
霜の降りた窓ガラスを右手で拭い空を見た。
クリスマス当日、密かに期待した雪景色、だけどそんなにうまくはいかないか。
結局、私も桜介も物を贈り合うはやめようって決めた。決めたというか、私がお願いした。
だから桜介がランチを奢ってくれて私がその後のカフェ代を払う。
思い出を残すのが怖かったから。
「思い出、残そうよ」なんて言われたけど、見る度苦しくなるのが嫌だったから断った。
近所の個人経営のレストラン。おじちゃんもおばちゃんも昔からの知り合いだから混むであろうクリスマスのお昼時の予約を取ることが出来た。
見た目はちょっと老舗感溢れるけど味は間違いない。それは口コミで広がり、毎日盛況だ。
「いらっしゃいませ……あら菜緒ちゃん、桜介くんも、席取ってあるからね」
「おばちゃん、ありがとう」
クリスマスコースなるものを用意してくれた。最後はケーキまでつけてくれて。おそらく特別価格だったと思う。
レジで桜介が食い下がっていた。おそらく正規の値段を払うと言ったけど、受け取ってもらえなかったんだろう。
「お腹いっぱい! ごちそうさまでした」
店を出るとまた外の空気がぐっと下がっていた。
「寒い」
思わず出た言葉。直後桜介の左手が私の右手に触れた。
それは温かくて体の芯がじんわりと熱を帯びていく、そんな感覚に陥った。
「カフェでケーキ食べようと思ったけどさっき食べちゃったしもう食べられないね」
「そうだな」
「もう少し時間経っても無理だよなー、うーん」
「何悩んでるの?」
「だってケーキ代は私が出すつもりだったのにこれじゃお茶だけになっちゃう」
「別にいいよそれで」
真剣に悩んでる内容があまりにもくだらなかったからか桜介はくすりと肩を揺らした。
「だめだよ。平等じゃない。あ、ちょっと待ってて」
「なに?」
「先入ってて、寒いし」
「どこ行くの?」
「すぐ戻るから、そこ、先入ってて」
半ば強引に桜介をカフェに押し込んだ。
さっきからレストランの窓の外、ずっと気になってたんだ。
露店に並ぶアクセサリー。物を贈り合うのはやめようなんてワガママ通しておきながらやっぱりあげたくなっちゃった、なんて実に私らしい。
「これ、ください」
だけどアクセサリーしてる男の人、個人的にあんまり好きじゃないからヘアゴムのアクセを買った。
「ありがとう、これおまけ」
「え……」
「それ、ペアなんだよ、クリスマスだから特別にあげる」
「あ、ありがとうございます」
桜介にだけあげようと思ったのにお揃いになっちゃった。
こんなことならクッキーでも焼いてくればよかったかな。パクッと食べちゃえばもうなかったことになる。
そしたら今日のことを思い出すこともなくなるかな。
でもそれじゃ証拠隠滅してるみたいだね。
――何も悪いことしてないのに。
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