桜介に愛の花束を 25
青天の霹靂
「高三の夏、私は事故に遭ったの」
「その事故で……?」
「そう。で、さっき書いてあったのと結構似てる。死神……本人は「天使」って言ってたけど、まぁ黒い服着た人が現れて過去に戻してくれた」
「過去を変えた?」
「うーん、少しだけ」
「もしかしたら桜介くんと付き合ってなかったけど上手いことやって付き合うようにしたとかはない?」
「あ、それはないよ」
愛莉ちゃんが気になってたのは桜介と付き合ってたかどうかってところだけで他の部分にはあんまり興味がないんだなって思った。
愛莉ちゃん、まだ桜介のことが好きなんだ――。
帰り支度をして教室を出た。
さっきから心の中に渦巻く嫌な予感が全身に広がってきて、なんだか気味が悪かった。
その正体が分からずにぼんやりと歩いていたら「菜緒」と名前を呼ばれ、顔を上げたら正門のところに桜介が立っていた。
「桜介、待っててくれたの? 帰ってよかったのに」
「一緒に帰ろうよ」
「うん……あ、愛莉ちゃんに言ったよ。すれ違わなかった? 私より先に教室出たんだけど……」
「いや、見かけなかった」
「そう、裏から帰ったのかな」
ゆっくりと歩く帰り道、少しずつ秋が本格めいてきて、風が心地よい。
「私が事故に遭うこと、そしてここに戻ってきたこと、過去を少し変えたことを伝えた」
「そしたら?」
「過去の私は桜介と付き合ってたかって聞かれた。付き合ってなかったのに二周目で上手く桜介と付き合うように操作したんじゃないかって思ったみたい。もちろん私は過去も付き合ってたって言った」
「そっか」
ここまで言えば勘のいい桜介も分かっただろうな。愛莉ちゃんが今でもまだ桜介のことが好きなこと。
「明日は昨日の代休だから休みだね」
日曜日に行われた学園祭の代休で明日は学校が休みになる。
「あぁ、また明後日な」
「明日はどこか行くの?」
「リレーの練習」
「そっか、頑張って」
「朝六時集合だって。あいつら張り切りすぎじゃない?」
「それ早すぎー。そんなに頑張らなくても一位取れるのにね、なんて思っちゃう」
「まぁでもどうなるか分かんないからな、全力でやるよ」
「うん、アンカーで走る桜介、楽しみにしてる」
かっこいいんだ。汗がキラリと輝いて、モーションも綺麗で、まるでスローモーションのように髪の毛がふわりと揺れる度に私の心も大きく揺れる。
きっと私だけじゃなくてかなりの女子の心を揺らしてると思う。
まさにアイドルみたいに桜介はいつだって輝いている。
瞼を閉じればいつだって鮮明に思い浮かぶその姿をまた見られると思ったら嬉しくて胸がそわそわしてくる。
見たい時に何度も見られるように今年は携帯に収めようかなと思いなが家に着いた。
そしてご飯までの少しの時間、ウトウトと大きな眠気が来て、間もなく夢の世界に誘《いざな》われた。
そしてどれくらいか分からないけど、多分少しの時間が経過したあと、最初に感じたのは空気の冷たさ。ここのところ一気に朝晩冷え込んできて、そろそろ半袖の限界を感じ目が覚めた。
だけどそれと対照的にその空気の冷たさが何ヶ月も暑く寝苦しかった体を休め、また一層、眠気を誘う。
ウトウトと二度寝をしかけた頃、携帯電話が鳴った。
音からしてメッセージではなく電話だと気づき、手探りで携帯電話を探し、表示も見ずに寝ぼけ眼《まなこ》で電話に出た。
「はい、もしもし」
「菜緒? あ、ごめん、寝てた?」
電話先の桜介の言葉が早口でいつもと様子が違うことに気づいた。
「大丈夫、どうしたの?」
いつもは冷静な桜介の聞いたこともない焦った声に一気に不安な気持ちが頭いっぱいに広がり思わず起き上がり正座した。
「急にごめんな」
「うん」
「一度帰ってから体操着教室に忘れたことに気づいて学校に戻ったんだ、明日の朝は教室は開いてないから」
「うん」
「でな」
「ん?」
「落ち着いて聞いて」
「なに」
心臓はバクバクと音を上げ震えだしてきた。
桜介はまずは自分が冷静になるようにか電話口の私にも聞こえるくらい大きな声で「ふぅ」と深呼吸をした。
それが私の心をまた一層不安が広がった。
「教室に原田がいたんだ」
「え? こんな時間に? まだ帰ってなかったの?」
「夕方菜緒は教室から出るのを見たんだよな、だけど原田はそこからなにか思い立ったのか教室に戻ったみたいなんだ」
「うん、で、どうしたの?」
「うん、原田は血だらけでぐったり机に伏せってたんだ」
「ええ?」
思わず立ち上がりよろけてベッドから落ちた。
すごい音が電話口にしたらしく「大丈夫?」と返ってきた。
「うん、で?」
「すぐに救急車を呼んだよ、今病院にいる」
「なんで……大丈夫なの?」
「命に別状はない。幸いにも傷口は浅かったみたい。化粧ポーチの中に入っていたカミソリで突発的に切ったみたい」
「愛莉ちゃんと話した?」
「まだ今から」
「私も行く、どこの病院?」
それは学校とうちのちょうど中間くらいの距離にある病院だった。
私は慌てて飛び出した。
「慎二、自転車借りる」
そして弟の自転車で夜の闇を駆けた。
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