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桜介に愛の花束を 29

青春の一ページ


 体育祭当日、私の心は浮き足立っていた。

「はぁ、やだな……もう疲れちゃった」

 打って変わって亜美からは大きなため息がこぼれていた。

「菜緒、なんか楽しそうだね」
「んー、だって今からリレーだもん」
「はぁ、そういうことね、イケメン彼氏の勇姿が見られるからか」
「ふふ、まあね」
「一平のことも応援してあげなねー」
「それは亜美に任せるわ」
「なんでよ」
「亜美ー」
「んー?」
「このままでいいの?」
「え? は? なに? なんの話し」
「動揺しすぎー。一平と、このままの関係でいいの?」
「なにこのままの関係って。ただの腐れ縁だもん、このままでいいでしょ」
「そう? ならいいけど」

 亜美は「なんなのよー」と不満そうに唇を尖らせた。
 余計なお世話は十二分に承知してるんだけど、すれ違ってたの見てたからさ。

 やっぱり今から私に起きることを考えたら「親友」よりも「彼氏」の方が必要かなって。

 亜美の心の拠り所になるのは一平なんだよ。

「菜緒ちゃん、亜美ちゃん」
「愛莉ちゃん」
「一緒に見ても……いいかな?」
「もちろん! 見よう見よう」
「あ、みんな位置につきだしたよ」
「そろそろだ」

 スターターピストルがパンと乾いた音を放つとグレーの煙が上がった。

 第一走者、うちのクラスは四クラス中三番手だ。

 第二走者、バトンの受け渡しが乱れ大幅に遅れをとり四番手へ下がった。

 すぐに盛り返すも四番手のまま三番走者へ。

 三番走者は一平だ。バトンの受け渡しは悪くない。

「一平ー! 頑張れー!」

 声が枯れるほど叫んだ。だけど色んな声が飛び交って私たちの声は聞こえてない。

 どうしても埋もれてしまう声。どうにか届けと声を振り絞る。

「三人一緒に言お」
「そうだね」

 愛莉ちゃんが提案をしてくれた。三人なら声のボリュームも三倍になる。

『いっぺーーーーーー! がんばれーーーーーー!』

 第三コーナー、カーブを過ぎたところ、私たちの目の前に来た時、一平は確かにこっちを見た。そして小さく片方の口角を上げた。

 その瞬間一平のギアは一段階上がった。

 そして一つ前を……捕らえた。

「いっけーー!」

 この言葉が一平の足を動かしたのかは分からないけど一平はまた一つギアを上げ、二番手をあと一歩で捕らえるか……というところでバトンの受け渡しゾーンに差し掛かった。

 もう桜介は走り出している。一瞬も後ろを見ない。スピードも緩めない。

 信用してるんだ。一平を。完全に信用しきってるから走り続ける。

 もう少しでバトン受け渡しゾーンから出てしまう。ここをバトンを受けずに一歩でも過ぎれば失格だ。

 だけど桜介はまだスピードを緩めない。

 その桜介に一平が――追いついた。

「おうすけーーーー!」

 会場の熱気は最高潮。
 
 桜介はバトンを受けた瞬間、すぐ隣にいた二番手を捕らえ、あっという間に引き離していく。

 そしてぐんぐん加速した。

 私はもう桜介の名前を呼ぶのをやめた。
 やめたと言うより声が出なかった。

 空を飛ぶように走る桜介に釘付けになって叫ぶことを忘れたんだ。

 ゴールテープの直前、華麗に一番手の走者を追い抜き白いテープを切ったのは――桜介だった。

 白熱の展開だった。
 一番手と二番手の間でバトンの受け渡しミスがあったのが想定外だった。

 だけどこれがいい。
 スポーツなんて結果を知っていたらつまらない。

 ハプニングかあるからこそ結果に価値があるんだ。

 結果がたとえどんなものであってもね。

「桜介! 一平!」

 走り終わった二人に立ち上がって手を振ると二人ともこちらに向かってきてくれた。

「亜美?」
「なに?」
「なーんか顔赤いよ?」
「え? は? 赤くないし」
「かっこよかったねー、一平」

「なになになんの話してるの?」

 あとちょっとで亜美の気持ちが聞けそうだったけど、二人が戻ってきちゃった。

 まぁいっか――。

「一平くん、かっこよかったね、って話をしてたよ」
「ちょっと愛莉ちゃん」

 思わぬ愛莉ちゃんの仕掛けに亜美はタジタジになっていた。

「え、あ、俺? 桜介だろ、かっこよかったのは」

 照れ隠しをするようにそんなことを言う。

「聞こえた? 三人で名前呼んだの」
「あぁ、なんかすげーよな、待機してる時は会場に声が溢れてて、色々ごった返してて、何がなんだかなんも聞こえなかったんだよ、マジで。だけど俺が走ってる時、会場が一斉に静まったようになってお前ら三人の声が聞こえた」
「それ一平が走り出したから盛り上がってたみんなが一斉に静まったんでしょ」
「はぁ? んなわけねーだろ」

 そんないつもの亜美と一平のやり取りに目を細めて笑うのはいつもの私と桜介だけじゃない。

 愛莉ちゃんも笑ってる。愛莉ちゃんはもう笑いが堪えきれない感じで口に手を当ててクスクスと声が漏れてる。

 そんな愛莉ちゃんを見て桜介と目が合った。

 そして二人でまた目を細めて笑った。

 青春の一ページがまた更新されていく。

 それは楽しかったり悲しかったり辛かったり笑っちゃったり。

 そんなの全部ひっくるめて「青春」なんだよね。

 今日のこと、漫画に書こう。

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