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桜介に愛の花束を 31

女子だけで


「クリスマス行きたいって言ってたのどこ?」
「え? どこか行きたいって私言ったっけ?」
「行きたいけど予約してないし無理か、みたいなこと言ってなかった?」
「あぁ! あれね、違うの、一平がね、亜美誘いたいんだって」
「そっか、ついにか」
「そう、だから私は桜介と二人でどこか行きたいところがあったんだーって話をしただけ。一平が亜美をクリスマスの日に誘えるように」
「で? ないの?」
「ないって?」
「行きたいところ」
「あー、そうだね。イルミネーションがあるところ歩いたり出来たらそれだけでいいな」
「そう? なんかもどかしいね」
「ん?」
「子供って、もどかしいね、せめて十八のあの年ならもうちょっといいところ行けたかなって。車の免許も取ってさ」
「でも受験だったよ」
「あ、そうだな」

 忘れてたわ、って感じに桜介はくしゃっと表情を緩めた。

「菜緒、クリスマスの日、夜は家族と過ごせば?」
「でも……」
「その方がいいよ、夜まで俺といて、そこから家族とクリスマスパーティーしなよ」
「桜介は?」
「俺は大丈夫」
「おうちにお母さんいる?」
「んー、どうかな?」
「うちに来たら? 桜介嫌じゃなかったら。うちの家族騒々しいけど、それでもよかったら」

 そう言ったら桜介はふっと声を漏らし、ゆっくりと口角を上げた。

「ありがとな」
「その日、お母さんが家にいたらおうちで二人でクリスマスパーティーしなよ。もしもいなかったら……うちでやろ?」
「あぁ」

「一つ、聞いていい?」
「なに?」
「お母さん、仕事忙しいの?」
「うーん、仕事“も”忙しいんじゃないかな」
「そう」

 それ以上は聞かなかった。だって聞けないもん。いつも思ってた。桜介の家のこと。だけど何も出来なかった。

 街は冬支度を初め、今年も最後の一ヶ月。

 街を飾るネオンとクリスマスソングが気分を明るくさせるのと同時に、今年が終わってしまう虚しさも襲ってきた。

 バイト、しようかな? クリスマスプレゼント買いたいし。

 でも残り少ない時間、みんなと過ごす時間が減るのも嫌だな。

 人は未来がどんな風になるか分からないから頑張れる生き物なんだなって改めて思った。

 どんなに頑張ったって結局死ぬなら頑張れない。

 人は皆いつ死ぬのか分からない。

 人はそれがあまり遠くない未来とは夢にも思わない。

 知らない方がいいこと、世の中には多い。

「なーお! どうしたの? ボーッとして」
「あ、うん、バイトしようかなーって思って」
「するの?」
「しない」
「なにそれ」

 思わぬ返しに驚いたのか亜美は突然吹き出した。
 
「しようかなと思ったけど、やっぱりしない。時間て大事だから」
「でも、お金も大事だよ?」
「そうだね、でも今使う分以外いらないかな」
「なんで? 将来のために貯めるとか! お金なんてあって困るなんてことはないんだよ」
「将来はその時が来たら考える」
「なんか菜緒、もっと保守的なイメージだったわ。意外」
「変わったのかな」
「変わった?」
「うん、前は確かに保守的だった。でも今は違う。今を楽しむ」
「でもそれ正解かも。だって青春て短いし」
「だよね」
「じゃあ放課後、駅前のカフェに行かない? 新作のドーナツが出たみたい。期間限定」
「亜美、期間限定とか新作ってワードに弱いよね」
「だって心動かされない? 今しか食べられないんだよ?」
「確かに……じゃあ行こっか」

 今日は女子だけで行きたいって言われて、それなら愛莉ちゃんも誘おうかって三人でカフェへ向かった。

「なんだよ、女子ばっかずりーな」

 なんて一平の声を無視して歩き出す。

「桜介、俺らも飯食いに行こーぜ」
「あぁ、そうだな」
「俺らも楽しんでくるわー」

「もう、一平うるさい」

 振り返ることなく歩いていてもわざと私たちに聞こえるようにしばらく一平は声を上げていた。

「うわっ、クリスマスの期間限定ドーナツと新作のこのドーナツ、どっちにするか悩む」

 カフェに入るとショーケースに入っているドーナツを見ながら、そのどちらも可愛くて、美味しそうでしばらく決断が出来なかった。

「両方食べればいいじゃん」
「太るじゃん!」

 そう言ったあと、ここでたかが一キロ、二キロ太ったところで、そんなことはもうどっちでもいいことにきづいた。

「そうだね、両方食べよ」
「え? いいの? 太るぞー」
「ちょっと亜美、さっき亜美が両方食べればって言ったんじゃん」
「そうだけどさー」

 ふふんと鼻を鳴らしながらそんなことを言い、亜美は自分のドーナツとドリンクを注文した。

「ダイエットなんてもう意味ないから」

 ポツリ、と出た言葉。もちろん亜美には聞こえない音量で。
 というか、誰にも聞こえない音量で言ったつもりだったのに、愛莉ちゃんには聞こえてたみたい。

「菜緒ちゃん……」
「あ、ごめん、聞こえた?」
「うん……」

 なるべくみんなの前では暗くならないようにしていたいのについついこんなこと言っちゃう。反省反省。

「私も両方食べようかな」
「え?」
「ダイエットなんて意味ないよね」
「愛莉ちゃんは太ってないからいいけど、でも意味なくは……」
「私だっていつどうなるか分からないんだよ? こんな美味しそうなドーナツ、見過ごすわけにはいかなくない?」

 そう言ってイタズラに笑った。

 愛莉ちゃんの優しさが嬉しくて思わず目尻にぽわんと浮かんだ水分を気づかれる前に慌てて拭った。

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