桜介に愛の花束を 35
一括払いVS分割払い
悲しみの一括払いと分割払い、どっちかいいんだろう? 必然的に桜介と愛莉ちゃんには分割払いをさせてしまったけど、私はまだ亜美と一平に言うべきか悩んでいた。
「あけましておめでとうございます」
時計の針が二十四時を回ったと同時に打ち上げられた花火。
カーテンを開けて、窓を開けたら抗議が来た。
「寒い」
「え、でも見たくない?」
仕方ないからタオルで窓ガラスに降りた霜を拭き花火を見た。
「わっ、よく見えるね、キレイキレイ」
「来年もこうやってみんなで集まれたらいいね」
「そうだね」
「初詣行く?」
「明日、起きたら行こうか」
「そろそろ布団敷くね」
私と男性陣二人は下で、亜美と愛莉ちゃんは狭いけどシングルベッドに入った。
もう眠くてあまり会話も頭に入ってこないけど、それでもこの楽しい時間が終わって欲しくなくて全員、限界まで会話を繋げた――。
眠りについた、というよりも、むしろ気を失ったと表現した方が的確なくらいみんな一斉に眠りに落ちた。
楽しかった今日を、楽しかった今年を頭の中で思い浮かべながら、また来年に起こるであろう楽しい出来事を思い浮かべた。
小さく話す声、だけど小声ではない。意識の遠くの方からそれはだんだん大きくなってくる。
友達とお泊まり会の時、修学旅行の朝、いつもこんな感じで目を覚ますことが多い。
友達の雑談で起きる朝は特別で、私はこれが好きだった。
「んん」
「あ、菜緒起きた?」
「んー。あれ? みんなもう起きてるの?」
「菜緒、ラストだよー」
「ええー」
まだ寝ぼけたまま開かない目。座ったまま一点を見つめてパチパチと瞬きをしてたら笑われてしまった。
「菜緒、本当に朝弱いな」
「んー」
目をこすって意を決して布団から出た。
「さむー。ちょっと順番に洗面所行こ! 女子から」
三人で部屋を出たらお母さんがもう起きていた。
「あけましておめでとうございます」
「あら、おはよう、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「菜緒、今からお雑煮作るから、お餅何個か聞いて」
「はーい」
洗面所に行き顔を洗い、歯を磨いた。ついでに髪の毛に寝癖を見つけたから手ぐしでそれを直した。
そして男性陣とバトンタッチした。
お雑煮を食べてみんなで初詣に向かった。
「うわ、すごい人」
それはすごい行列が出来ていて、一瞬怯んでしまうほど。
「これどれくらいかかるんだろう?」
「遊園地のアトラクション待ってるみたいだね」
「遊園地行きたい!」
「亜美、唐突すぎ」
「いやでも私も行きたいかも」
「私も行きたい」
「原田まで……じゃあ冬休み、行く?」
「行くー!」
こうやって過ぎていく毎日の中に、ご褒美のように予定が入っていく。
「でも、私いてもいいのかな……お邪魔かな」
「そんなことないよ! 愛莉ちゃんがいいなら一緒に行こ」
「ありがとう。こういうのあんまりなくて。中学の時もあんまりグループで仲いいってなかったから楽しくて」
「俺もだよ、高校入ってから楽しいよな」
「うん」
その日、また次の約束をして別れた。
そしてまた次の約束は守られる。
これを繰り返していくといつか守れない約束が出てくる。
その時に私はなんて返事をしたらいいんだろう。
やっぱり普通に約束をした方が不自然じゃないのかな。
「菜緒、帰ろう」
「うん」
「遊園地、楽しみだね」
「あぁ、菜緒絶叫乗れたっけ?」
「私大好き! 亜美も一平もそればっか乗るよ。桜介はどうだっけ?」
「俺も大好き」
そう言うと二人で目を見合わせてキュッと笑った。
だけど直後思い立ったかのように私の顔は曇りがかった。
「どうしたの?」
「愛莉ちゃん! 苦手そうじゃない?」
「んー、言われてみればそうだな、あんま乗る感じに見えない」
「そうだよね……どうしよ、ちょっと聞いてみる」
愛莉ちゃんにメッセージを送った「絶叫系乗れる?」と、そしたらすぐに返事が来た「大好きー」と。目がハートマークになってる絵文字付きだ。
「愛莉ちゃん、大丈夫そう」
その画面を桜介に見せると桜介はほっとしたように穏やかな顔になった。
「今日、おうちお母さん帰ってるかな?」
「どうかな?」
「また入れなかった連絡してね」
「あぁ」
「長いの? その彼氏と」
「うーん、いや、知らないんだ」
「知らない?」
「あぁ、俺の記憶だと違う人、だったんだけど」
「そうなの? またなにか歯車が狂ってるのかな?」
「全部は同じじゃないよね、でもこの彼氏、ちゃんと顔を見たわけじゃないんだけど、たまにうちから出てくる時に何度かすれ違ったんだけど……どっかで見たことあるんだ。でも、思い出せないんだ」
「見たことあるの? 知り合いだったってこと?」
「分かんない、どこで見たのかなー? まぁ、また思い出すでしょ」
なんだろう、また胸の中渦巻くどす黒い嫌な予感が這いずり回っていた。
なんでそう思ったのかは分からない。桜介の目に不安の色が浮かんでいたからかな。
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