花の魔王

エピソード0

「…」
ドサッ
「…また一人死んだか…」
呼吸をする度に魂が張り裂けそうになるのが分かる。
「これが…魔力…」
友も、家族も、皆死んだ。
同胞たちはどれだけの数が残っているのだろう。
しかし引き返すことは許されない。
少しでも生きる可能性があるならと同族に殺される前に追放の道を選んだ。
だけど。
「死んでおけばよかったのか…」
息を吸う度に襲ってくるこの痛みが決意を鈍らせる。
「クソ…負けてたまるか…」
唇を噛み締める。
一歩一歩前に進む。
死が近づいてくるのが分かる。
それでも前に進むしかない。
「きっと、きっと何処かに人の住める場所が。」
砂漠の山をまた一つ越えた。
しかし景色が変わることはなかった。
無情にも砂漠消えることはない。
決意は時間が過ぎるごとにすり減ってゆく。
「どこにもないのか…俺たちの居場所は…」
心が折れそうだった。
その時

「あるに決まってるでしょ!」

…は?
手のひらが迫ってくる。
「グエッ!」
頬を叩かれた。
意味がわからない。
こんなところで何してんだ⁉︎
こいつはバカなのか?
それともバカなのか?

「それとも何?
みすみす戦いもせずに魔界に死にに来たの?」

はあ⁉︎何だとこの野郎⁉︎

「そんなわけねえだろ!俺は生きるためにここにいる、死ぬのはごめんだ!」
「だったらつべこべ言わずに歩きなさいよ。あとそんなに喋ると死ぬわよ。」

お前がそれ言うのか?
発言主を睨む。

「だったら話しかけんなバカやろ…は?」

目の前にいるのは見たことないくらいの美少女。

「かっ可愛い…」

口が滑った。
いやそんなことはこの際どうでも良い。
何こいつ!
可愛いあー可愛い、可愛いがすぎる!
俺の馬鹿!
もっと紳士な対応しときゃよかったよ!
だってこんな生意気な奴、嫌味ったらしい表情してるバカだと思うじゃん!
めちゃくちゃ可愛いんだけど!

「…バカがどうしたってこんちくしょう!」

嗚呼どうしよ、めっちゃ怒ってる。
「いや、あのその…」
考えろ、考えろ俺!
「その何!」
「かっ可愛いなって…」
あー終わったわ、可愛いしか思いつかねえ。
グットラック俺の恋!

ちらっ

「…ばっばっかじゃないの⁉︎」

…あれ?照れてるのか?
よっよし!
よく考えろ俺、まだチャンスはある!
この子は何故俺に「話しかけた?」
呼吸するのも苦しいこの砂漠で。
…もしかして
「心配してくれたのか?俺のために会話までして?」
「ちっ違う!死なれるのが迷惑なだけ!」

ツンデレかよ!
でもそんなとこも可愛いがs………目を見開く。

よく見るとその子はさっき倒れた子供を背負っていた。

嫌な予感がした。

「ばっバカ、代われ!」
「やっぱりバカって言ってるじゃない!」

気づいた時には体が動いていた。

文句は言っているが無理をしてたのだろう。
抵抗はなかった。

俯いた君が話す。

「……ありがと。」
「大したことじゃない、ただの下心だ。」

そう、俺のエゴだ。
放っておけなかった。
俺は自分の手のひらを理解しているつもりだった。
俺はこの魔界で自分以外助けられない。
理由はわかっている、俺の手は小さい。
だから俺は無理をしない。
なのに、何故だろう。
誰も助けない、そう決めたはずなのに。

「お前、諦めた顔したから。」
「……そうか。」

多分こいつは自分の手のひらのサイズをわかっていない。
きっと誰も見捨てられないんだろう。
理由はわからない。
でもこの子はきっと無理をする。
無理を重ねて……

死ぬ。

「こいつも次期に死ぬ。
努力はするが、期待は出来ない。」

多分、もう死んでいた。
でも口には出来なかった。

「分かってる、でもほっとけない。こいつ、私にありがとうって言ったんだ。」

「だから、助けたい。」

その言葉を聞いた時、
俺の中である感情が芽生えた。

……そうか、ようやくわかった。

俺の手は小さい。
俺も、これまで以上に無理をしないといけない。
砂漠を抜けれる確証はない。

死ぬかもしれない。

それでも。
それでも君だけは。
何を捨てても、誰を見捨てても、
嘘を吐いてでも。

俺は、

俺はこの子を助けたいんだ。

だから…

「でもお前が死んだらこいつが悲しむ。」

嘘をついた。
ごめんな、少年。

「お前が死んだら、誰がこいつを助ける。」
「…」
「だからこいつで最後だ。」
「でも!」

「次は見捨てろ。」

「…分かった。」

きっと、少年の死はいつかバレる。
だから俺は、君に生きて欲しくて。
誰も助けず、俺のそばにいて欲しくて。

「お前が死んだら、俺も悲しい。」
「…へ?」
「俺のそばにいてくれ。」

君を縛った。
君は戸惑っていた。
この子はきっと…
自分を大切に出来ない人だろうから。

「えっと、あのその…」

「お前が好きだ。」

「大好きだ。」

君に愛を告げた。

俺は、最低だ。
最低な嘘つきだ。

それでも、君に生きてほしかった。

どれだけの時間が経ったのだろう。
何処まで行けども砂の海が途切れることはなかった。
残る足音はとうとう二つになった。
一人、また一人倒れて行く仲間。

結婚しろってうるさいおばさん。

新婚夫婦とからかうおっさん。

君を取り合って殴り合った親友。

全て、砂漠に置いてきた。

その度に俺は君に嘘をついた。
愛を語った。
君は唇を噛み締めて、大粒の涙を浮かべて。
それでも俺に着いて来てくれた。

俺は、俺は最低だ。

不意に足音が一つになった。

振り返る。
君は砂漠に倒れていた。
鼓動が早くなる。

気が付けば声を上げていた。

みんなを見捨てろと言った奴が聞いて呆れる。
「死ぬな、死ぬなバカ!」
「…」
「俺を、俺を一人にしないでくれ!」
大量の魔力を食い込み魂が軋む。
痛い、
痛い、
胸の中がマグマのようだ。
それでも、感情を止めることが出来なかった。

「なあ、また俺をバカにしてくれよ!」
「…」
「俺の話で笑ってくれよ!」
「…」

君と沢山話をした。

魔力のことなんか忘れて。
楽しいこと、考えうる限りの楽しいことを話した。
君が俺を好きでいてくれるように、精一杯の嘘を振り撒いて。
だから話そう、もっと沢山の嘘を。
その時、君の唇が動いた。
「ごめんね…私、もうダメみたい。」
「話すんじゃない!」
何か、何か方法が。
「ありがと、でももういいんだ。君と話せて私は楽しかった。」
バカ言うな…
「俺が担いで行く、死んでもお前を死なせない!
砂漠を抜けるまで、俺が走るから!」
そんなことは不可能だと気づいていた。
それでも。

「絶対死なせない!」

その時、

「…ねえ、話そう!」

君が、真剣な目をした。

「…話そう、最後まで。」

君は笑った。

「…傍にいる、君の君のそばにいるよ。」

それからの時間は長いようで、とても短かった。

「あのね、君の話本当に面白かったんだよ。あれ本当なの?花が喋ったって話。」
「嘘だよ…」
「なあんだ。ふん、嘘つき…」
「すまない。」
「でもお互い様か、私も本当のこと話せてないや。」
「いいんだよ、そんなことは…」
「知られたくなかったから。」
「分かってる…」
「嘘つき同士だね。」
「そうだね…」
「…そうだ、最後ぐらい本当のことを言いたいな……」
「最後なんて…」
「私ね…すごく嬉しかったんだ…君の大好きって言葉……」
「…」
「あれも…嘘なの?」
「そっそれは!」
「私はね……あの言葉だ…けは…嘘でも良いんだ。」
「えっ…」
「私は…君の笑っ…てる顔が好き…君の、プンプン…怒ってる顔が好き。時々みせる悲しい顔も…すぐ…拗ねちゃうところも…」
「俺は…」
「君の嘘も…本当も…私は…君の全部が……大好きだよ。君のおかげで…私は…自分を好きに…なれた…」

「だから…」

「おっ俺は!俺はお前が好きだ!俺は大嘘つきだけど、この気持ちだけは嘘じゃない!好きだ、大好きだ、君を、君を…愛している!」

君の目が見開く。
君が泣きそうな顔で、それでも幸せそうに。

咲った。

「私たち…やっと素直に…なれ…た…ね…」

「わ……も……あ……し…t……る………

声が、消えた。

会話が、途切れた。

君が、死んだ。

「すぐに会いに行ったら、怒るかな…」

返事がない、ただの屍のようだ。

周りを見渡す。
砂の海だ。

「一人は、寂しいな…」

君の顔に、小さな雨が落ちる。

目を、閉じた。

「もうくたばるのか。」

声がした。
はっと顔を上げる。

真っ暗な世界に、花が一輪。

「ここは…」

「お前の魂の中だよ」

声がした、他の何でも無い花から。

「私を宿しておいて少しは出来る奴だと思ったのだが、この調子では期待はずれも甚だしいな。」

花が話している⁉︎
それに
「魂の中?」
思わず聞き返す。

「そうだ、
全くこれ以上なく最悪な場所に咲いたものだ。」

最悪とは失礼な。
「失礼な奴だ、これでも人類最強のタフネスな魂だ。」
「言うではないか。まあ居候の身だ、無礼は許そう。」
「ふん、それは良い。だが呼び止めないでくれ、俺は死ぬんだ。」
「そうだな、気持ちはわかる。しかしそれでは困るのだよ。お前が死ねば私も死ぬ。」
なるほど、ごもっともな意見だ。
しかし、あいつのいない世界に…
もう用などない。
「悪いが、俺にはもう…」
「ふむ、まあそう早まるでない。一つ提案がある、話をしようではないか。」
…話。

(話そう!)

うん、そうだね。
「まあいい、一人で死ぬのはごめんだ。いいさ、話をしよう。」
「フハハ、そう来なくてはな。」
愉快な奴だ。
「そうだ、質問をしてみないか?」
「質問?」
「そう、私は何でも知っている。」
何でも、花はそう言った。
一体俺の魂に咲いただけの花が何を知っているのだろう。
「何でも?じゃあ何で俺たちはこんな目に遭っているんだ?」
「簡単な話だ、お前達のせいだよ。いや正しくはお前たちの王のせいか。」
花は得意げに話す。
「植物を刈り取ったせいさ。元来、植物は世界の基盤なんだよ。」
「基盤…」
「そうさ植物は魔力を吸い育ち、動物はその植物を食らい生きている。
この世界の循環機構、それが植物さ」
「なるほど、わからん。」
「はあ…魂、お前なら感じ取れるだろう?」
「嗚呼、今なら感じるさ。」
「魂とはな、つまり魔力の器、あらゆるの存在が持っているものなのだよ。」
「魂を全ての存在が⁉︎」
「フハハ、そうだ。そして寿命は魔力の総量に比例し空になると植物は枯れ動物は息絶える。
動物も植物も皆魂が傷つくか、その最大容量が減っていくことによって死を迎えるいう訳だ。
そして植物は一番膨大な魂を持っており魔力タンクの役割を果たしたていた……
坊主、聞いているか?」
「……あっ嗚呼聞いている聞いている。」
「全く、つまりだな、植物が減ると大気中の魔力濃度は濃くなり人は生きれない訳だ。
そんな大切なことを忘れおって。」
「俺の親はそんな話してくれなかったぞ。」
「恨むならもっと先祖を恨んだほうがいい。
続けるぞ、最大容量を超える魔力を取り込んでしまうと魂が爆散する。多少は伸び縮みするがね。空気中の濃度は魂の貯蔵している魔力が減るか減らないかぐらいの濃度で植物を食べることによって魔力を貯蔵することが動物のベストで有り、植物を大切にしなければは死ぬ。
人は本能でそれを理解していた。
そう言う訳で人は元来植物を大切にしてきたわけだ。
そもそも人類は動物の中で一番の魔力総量を誇ったため長生きし、知恵を授かった。しかし植物の魔力総量は人の比ではなく、人類は植物を神として崇めた。
しかし文明が発達する過程でその心を忘れ、植物の伐採を繰り返し、魔力濃度は急激に上昇。気がつけば木は枯れ、雨は降らず、そんな魔力の循環が滞た場所が世界中に生まれたわけだ。」
「宗教の改革を進めたのは歴代の王達だった。王はそのツケを俺たちに払わせた訳か?」
「そうさ、あまりに愚かな話だ。動物の住める場所は徐々に狭まっていき、気づいた時には砂漠は世界のニ分の一を覆い尽くした。
狭まる土地、それに余る人口。
王達は考えた訳だ。
このままでは土地を巡り戦争が起きると。
王は決断した。
人類の三分の一を彼の地へ追放すると。
お前達のことだ。
余りにも愚かな決断だ。
しかし築き上げた文明を捨てる勇気も戦争をする勇気も無かった訳だ。」

余りに酷い話だった

「そんな理不尽なことのために俺の家族は、仲間は、あの子は死んだのか。」
「そうだ、人間らしいだろ?」
感情が荒ぶる。
「怒りでもう死ねないよ。」
花が囁く。
「力が欲しいか?」
力…無論だ。
「欲しいさ、あいつらにツケを払わせる力が欲しい。」
花がニタリと嗤った、気がした。
「では提案だ、私と一つにならないか。」
…は?
「私は牡丹、花の王だ。」
花の、王?
「そうだ、我こそは花の王であり、植物の王であり、魂の王だ。」

花の雰囲気が変わった。
俺は、何と話している気でいたんだ。
元々花が話した時点で気づくべきだった。
さっきの話がもし本当なら…

「お前の望みを叶えてやろう、私と一つになればお前はあらゆる可能性を秘めた存在になれる。」

いや本当だろう。
俺の目の前にいるのは…

神に等しい存在だ。

「どうだ、死ぬには惜しかろう。」

怖かった、叫びたかった。
花が精神を飲み込もうとした。
その時。

声がした。

「大好き…」

暖かい感情が広がる、目を見開く。

飲まれるな。

「さっき何でもって言ったか。」

「何?」

立ち上がる
花を見る、足が震える。
目の前にいるのは神様。
でも、怖くなかった。

君が、そばにいるから。

精神の衝突が起きる。

「うっアアアアアアアアアア!」

「小賢しい!」

相手は本気を出していない。
それでこの精神。
神様は格がちげえや。
でも
俺は一人じゃない。

「嘘つきの俺に、みんなが側にいてくれる。」

「何⁉︎」

そうだ、俺の心には。

「父さんが、母さんが、仲間が。」

「人間風情が!」

「君がいる!」

「神様、俺の勝ちだ。願いを叶えてよ。」

「はっハハハハハ!これは傑作だ。よもや私が負けるとは!」

「人間の可能性、愛を舐めんなよ。」

「いいだろう。私の負けだ、願いを言え。」

願いは決まっている。

「出来るだけ多くの仲間を、あの子を生き返らせてくれ。」

「…正気か?」

「無論だ。」

「今のお前は神にも等しい存在になれる可能性を内包しているのだぞ」
「いいんだ、そんなことは。」
「本当にそんなことで良いのか、それにそんなことをするには私を、可能性の種を切り分けばら撒くしか方法などないぞ。
その瞬間、お前に宿っていた全ての可能性は無くなるんだぞ。
お前は唯一、魔法が……」

「構わない、お願いだ。」

「仲間と、何よりあいつと一緒に生きたいんだ。」

今度は嘘じゃない本当の…

「笑顔で!」

「ふっ、フハハハハハハハ!お前の頭は本当にお花畑らしい。」

いいやつだな、お前は。

「花に言われたくないものだ。」

「良いだろう気に入った、お前のバカさ加減に敬意を表そう。」

「お前の願いを叶えてやろう。」

その日、世界に新たな存在が生まれた。
魔法を使い、魂に花を咲かせ、追放された土地で生きるものたち。
名を魔族。

これは笑顔で生きようとする、
「人間」の物語だ。

プロローグ

おとうさまはものしりだ。
だからわたしはたくさんしつもんする。
でも
おとうさまはいそがしいみたい。
だから
さびしいわたしはねるまえにおはなにあいにいく。
おとうさまのそだてたおはなに。

「ねえ、おはなさん。」
なんだいお姫様?
「おとうさまはどうしてあんなにいそがしいの?」
それはね、みんなに頼りにされているからだよ。
「みんなおとうさまがだいすきってこと?」
そうだよ、命の恩人だからね。
「おんじん?」
そう、お父様はみんなを助けたんだよ、今も忙しいのはそのせいさ。
「わたしよりみんなのほうがだいじなの?」
そんなことはないさ。
「ふん!」
拗ねないで、お父様はみんなに笑っていて欲しいだけだよ。
「わらう?」
そうだよ、みんな笑顔でしょ。
「うん、みんなやさしい。」
それはおとうさまが頑張ってるからなんだよ。
「…」
みんなに笑ってほしい、心の底から。
あの人はそういう人。
「おはなさん?」
ううん、なんでもないよ!
「そう?少しうれしそうで、かなしそうだったよ。」
良いから。
でもお父様の心の中に必ず君はいるよ、いつでもね!
「どうしてわかるの?」
それは…
「まだ寝てないのか?」
「おとうさま!」
「ハハ、ヨシヨシ」
「あのね、おはなさんとおはなししてたの!」
「花と⁉︎」
「どうしたの?」
「…」
「いいからおとうさま!またいろんなことおしえて!」
「あっ嗚呼いいとも」

「じゃあまほうってなに?」

「お前、どこでそれを⁉︎」

「あぶないことなの?」
「…いやそうではないのだ。またいつか教える。だから今日は違うことを話そう!」
「むー!」
「怒らないで。」

「…じゃあおとうさま、にんげんってなに?」

「………それはね、私たちと一緒で心を持つ存在だよ。」
「おとうさま、ゆうしゃってなに?」
「…それはね、とても強い人間のことだよ。」
おとうさま、どうしてゆうしゃはわたしたちをいじめるの?」
「…それはね、にんげんはわたしたちを怖がっているからだよ。」
「どうして?」
「…どうしてだろうね。」
「…」
「大丈夫だよ。きっと人間も私達のことをよく知らないだけ、きっとお友達になれるさ。」
「…」
「…今日はもう寝なさい、またすぐ会えるさ。」
「…わかりました。………おとうさま。」
「なんだい?」
「また、お話ししようね!」
「………分かっている。必ずだ、約束する。」
「ふふっじゃあまたねおとうさま!お花さんもまたねー!」
「………」
「………」

「居るのか、……よ」
「…」
「皆が期待している、次の王はこの子だと。」
「…」
「みんな分かっている、私に勇者は止められない。」
「…」
「しかし、あの子の魔力の本質は…」
「…」
「教えてくれ、私は!俺はどうすれば良い!」
…………

「勇者が城に…てきた…と!」

声がする、とても怒ったような声。

「まさ…ここまで進行が…いとは!」

おとうさまのこえだ。
どうしたのだろう。

「ともかく民の避難が先だ。私が時間を稼ぐ。その間に民を、娘を頼む。なに、死ぬ気など全く無いさ。」

おとうさま?おとうさま!なにをいっているの!

「ですが!相手は勇者です。いくら貴方さまと言えど…」
「分かっている!だが今誰かが奴の前に立たなければならないのだ!」
「しかし!今、貴方さまと言う旗を失うわけには!」
「勇者は仕留める、必ずだ。他の連中も誰一人通さん。」
「私は、もう誰かの死ぬ顔を見たくないのだ。分かってくれ…」
「…………ご武運を、我が友よ。」

とてもいやなよかんがした。

「いやだ。いかないでおとうさま。」
「姫さま!行けません、さあ早くこちらに。」
「いやだいやだいやだ!おとうさま、ぜったいにあぶないことしようとしてる!」
「…だめです…今貴方が引き止めたら…彼の方の決意が全て無駄になります…」
無理矢理担ぎ上げられる。
「やだよ…離して!おとうさま…おとうさま!」

それで良い、それでいいんだ…

遠ざかる父の背中。

燃える城。

燃える街。

燃える花。

聞こえてくる爆音。

その中に聞こえた言葉。

「おまえを、愛している」
「あなたを、愛している」
………………
……

はっと目が覚める。

「…またあの時の夢か。」

二度寝する気分には成れず起きることを決意する。
「おや魔王様、自分から起きるだなんて雪でも降らすおつもりで?」
こいつはサー。
私を担いで逃げた父の剣の一振り。
いつも私を起こしてくれる。
あれからこいつはお喋りになった。
「うるさい。」
愉快な側近を睨む。

「私が起きる事でこの土地に雨が降るなら死んでも起きるさ。」

「おや、参りましたね。これは一本取られました。」

ケラケラと笑いながら部屋から出て行く側近。
やれやれと思いながら身支度をしようとするが、何故か振り返り真剣そうな顔でこちらに歩いてくる。
「なっ、何をする。今は着替え中だ!
わっ私の着替えでも覗きたいのか!」
いつもと違う側近の表情と、自分が下着な事もあり動揺していると。
「我が王よ、目が涙で潤んでいます。」
と不意にハンカチで涙を拭かれる。
「貴方に涙は似合わない。王とは、笑顔で民を安心させなければならない。貴方が泣いて居ては皆が不安になります。」
自分が泣いている事、涙を拭かれた事、そして王としての在り方を諭された事で、感情がぐちゃぐちゃになる。
「だから…」
「だっ、だからなんだ!」
「…だから、少しは私を頼って下さい。私は、貴方の騎士です。貴方だけを守る騎士です。だから必ず、貴方を、涙からも守って見せます。」

…は?

「ばっ、ばっかじゃないの!」

てっ、照れてしまった。
モジモジしていると、追い討ちをかけるように…
「だから、涙もその顔も私以外に見せてはダメですよ。我が主人様。」
完全におかしくなりそうだった。
「ばっか。でっ、出てけ、出て行け!」
「ふふ、わかりました。くれぐれも遅刻の無い様に。」
「うっさい!」

身支度を済ませながら、夢のことを思い出す。
「10年か…」
父と勇者が死んでからそれだけの時間が経っていた。
人間の侵攻は未だ終わらず、何時また何時勇者が現れるかも分からない。

「私が、私が終わらせなくてはな。この悲劇を。」

私は一人、呟いた。

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