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He, his, him, his

小5の時のことを思い出した。朝学校に行ったら僕の机がなかった。僕はどうしたらいいか分からなくなって

ただランドセルを背負ったままヘラヘラ笑って立っていた。

僕には怒る才能がない。執着や苛立ちはあっても、誰かを本気で怒鳴りつけるということができない。多分昔からじゃなかったはずだ。優しくあらねばならない、そういう方法論ではどこにも行けない、そういう小難しいことを考えているうちに、いつの間にか言葉を反射的に飲み込む癖がついていた。そのあとワンテンポ遅れて吐き出す言葉は所詮吐瀉物だ。原型を留めてなど居はしない。

幸いなことに、僕は頭が悪いので大半のことは忘れてしまう。言いたいことを言えなかった、理不尽なんて、美味しいものを食べて寝てしまえば大抵忘れる。防衛反応だろうか。そんなのどうだっていい。

だけど何かを許し続けているだけじゃダメだ。いつか加害者になる。あの時に怒れていたら、この時に怒れていたら、今こんなことにはなっていない。

君はこんな僕を見て笑うんだろうか、多分そうなんだろうな、もう遅い。今更気付いたところで、もう変わってしまった君の人生は元には戻らない。あの時僕が君から奪った時間、友人、居場所はあの時のもので、もうあの時の君に返すことはできない。

結局何もかも代替物なんだろうか、僕の時間はあの時のまま止まっているんだろうか。でも君と別れてから、ここまで生きてこれたのは、意地でも死ななかったのは、これほど濃密に生きてこれたのは、紛れもなく君のおかげだ。

今の僕はあの時の君の犠牲を喰いながら生きている。

今僕は前も見えないようなスコールの中にいる、だけどどうしてだろうか、不思議と穏やかな気持ちだ。そうか、君は僕に一生消えない傷をつけてくれた。その君を突き放したのは紛れもない僕だ。

可哀想な悲劇のヒロインは君で、僕が加害者だ。

あの時に両手を離したことをとても後悔している。あの時に両手を離した、そのときの瞳の絶望の色は紛れもなく本物だった。愛してくれてたのにね。ごめんね。

だから

また会うことがあったら今度こそ首を締めてでも離さないよ、一緒に死のうな。


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