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スクロールバーにはときめかない

わたしは長いこと、アンチ電子書籍だった。本とは紙であってこそ。ちょっとすえたカビっぽいにおいとか、新しい本のインクのしゅわっとしたにおいとか、そういうのがすごく好き。

紙の本は、なんといってもパラパラ読める。それも好き。じっくりと文字を追いかけるのもたのしいけど、ひととおり読み終わって、ページをぱらぱらめくって「そうそうこんな感じだった」と余韻にひたる瞬間がたまらなくしあわせ。

「この本おもしろいかなぁ」って手にとって品定めするときは、目次をちらっと見て、気になる章を読んでみる。それでおもしろければ即買い。

でも残念ながら、海外に住んでいると、日本の本を紙媒体で手にすることはむずかしい。そういう機会にめぐまれない。

読書欲をもてあましたわたしに手を差し伸べてくれたのが、キンドルだった。最初は「電子書籍かぁ」なんて思ったけど、やっぱり本は読みたいし、しかたないなぁ。

実際に買ってみると、インクのにおいがしない無機質な黒いデジタル機器は、1週間で唯一無二の親友になった。

でかけるときは文庫本を持ち歩いていたけど、キンドルがあれば何十冊も持ち歩くのとおなじ。旅行にだって、何冊も本をもっていかなくてすむ。本に書き込むのがきらいなわたしだけど、キンドルならハイライトをつけてメモも書ける。とても便利だった。

帰国して図書館に行くと、「やっぱり紙がいいな」とは思うけど。だって紙の本のほうが、読みたい部分をピンポイントで見つけて抜粋して読みやすいんだもん。あと、単純に、本に囲まれてるっていう空間が好き。ここは自分の思想を詰め込んだお城だぞ!って感じで。そういえば小さいとき、やたらと本棚の本の並べ方にこだわっていたな。本を好きなようにならべて囲まれるのって、しあわせだよね。

とにかく、こんな感じで、わたしのカフェのおともは文庫本からキンドルになった。

キンドルって、結局電子書籍でしょう。そう思っていたけど、キンドルは電子化した「本」なんだ。しおりも挿入できるし、ハイライトで線も引けるし、紙の本には劣るけど指定ページにジャンプもできる。電子化されたけど、あくまで本。だからわたしは、キンドルで次のページをスワイプーーめくるときに、紙の本とおなじくらいワクワクする。

次はどうなるんだろう。この物語はどこへ行くんだろう。この子は次のページで泣くんだろうか、笑うんだろうか。


でも、スクロールバーに、このワクワクは感じない。


わたしはネット上でも毎日たくさんの記事を読むし、ネット小説も毎日読んでいる。ページをめくるのではなくて、スクロールバーを動かして、物語の先をのぞきこむ。その行為に、ワクワクしないんだよなぁ。

なんでだろう。なんでだろうね?

「本」はページで区切られているから次が気になるんだろうか。でもネット小説だってページはある。ネットだと後日修正が容易だし無料のものも多いから、読み手も流し読みするからだろうか。でもネットにだっておもしろくて夢中になる文章はあるし……。

もしかしてあれかな。わたしは、ページをめくって飛び込んでくる最初の1文字にドキっとしているのかもしれない。

ページをめくって視界に飛び込んでくる右上の文字。そこからまた物語が少しずつ進んでいく。ここでこうくるかー!とか、こうやって文章が広がるのかー!とか。期待どおりかもしれないし、期待をうらぎられるかもしれない。だからドキドキする。

でもネットだと、飛び込んでくるのは画面全体。物語を陸続きにすすんでいくんじゃなくて、次の島に飛び移る感じ。

そこにももちろん「未知」はあって、先を知りたい、とは思うんだけど。でも、少しずつ景色が変わって視界がひらけていく感じはない。

ページをめくるのはけもの道を歩く冒険だけど、スクロールバーをうごかしたり、『次ページへ』をクリックするのは、転移みたいな感じ。いきなりちがう世界にとばされちゃうの。さっきいたところとは、全然ちがう場所に。

わたしはネットで記事を書いてるから、それが悪いとは思わない。ただ、スクロールバーにはときめかないなって思っただけ。

もちろん、それをわかったうえで、わたしの記事を読み進めるあなたがスクロールバーにときめいてくれたら、すごくうれしいんだけど。

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