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祝祭と冬の終焉り

 最後に寝間着を着て眠ったのは、いつだったろうか。フランツィスカ・ヴィンターは、粗末なチェック柄の毛布から這い出してブラウスのボタンを留め直す際、そんな些細なことを考えた。
 寝起きの頭で記憶を辿ってはみたものの、具体的にいつが当てはまるのか、フランツィスカは思い出せなかった。日々の軍務の繰り返しが、細やかな記憶を摩滅させてしまったらしい。
 年が明けたばかりで、多少の暖房が焚かれていても室内は肌寒い。無意識下で急かされるようにフランツィスカは靴下とズボンを穿き、ズボン吊りを肩に引っかけると、無造作に半長靴へ脚を突っ込んだ。ネクタイを締め、ジャケットを羽織る暇も惜しんで隣のベッドへ近づく。
 同室の僚友は、まだ寝汚く眠りこけていた。
「……へレーネ」
 母親のように叩き起こすのも馬鹿らしくなって、フランツィスカはベッドの脚を爪先で蹴りつけた。ぴ、と声にならない悲鳴で飛び起きたへレーネを尻目に、ジャケットの上からベルトを巻き、各種の装備と雑嚢を括り付けたサスペンダーを肩に引っかける。
「……乱暴だよぉ、フラン」
「おはようへレーネ。目が覚めたなら早く用意なさい」
 清掃やベッドメイキング、早朝の課業で、朝は何事も慌ただしい。銃後の戦場と喧伝される強制収容所(KL)も例外ではない。ともかく準備を済ませると、フランツィスカは食堂で朝食の支給を受け取り、テーブルの端で代用コーヒーを啜っていた。
「やぁ、フラン」
「おはようございます、軍曹殿。……朝からお盛んなことで」
 朝食の席で隣に座った下士官の顔はよく知っていた。挨拶代わりに腰へ伸びる手を掴みながら、フランツィスカは溜息を吐いて相手の顔を見つめた。
「連れないな」
「愛嬌とは無縁でして」
 お互いに片眉を上げて不服の意を示すと、彼もコーヒーカップ片手に用件を切り出した。
「今日の件だが、君の房から何人か出してくれ」
「今日の件。……例の、酒盛りですか」
「その通り」

(続く)

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