手にしたのは実弾か砂糖菓子か『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』という漫画を読みました。原作未読です。1巻までのネタバレを含みます。
■兄は現代の概要なのだと思う
作品名:砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
作者:桜庭一樹、杉基イクラ
掲載誌:角川グループパブリッシング
発表期間:2008年
巻数:全2巻
個人的な点数:76点
■こんなあらすじほんとじゃないんだ
山田なぎさは、片田舎に住む「早く大人になりたい」と願う女子中学生。ある日、彼女の通う中学に、自分のことを「人魚」と言い張る少女・海野藻屑が、東京から転校してくる。藻屑に振り回されるなぎさだが、藻屑の秘密に触れていくにつれ親交を深めていく。しかし、藻屑の父親である海野雅愛の虐待が悪化の一途を辿ると同時に、なぎさと藻屑に別れの時が迫っていた。
(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない より)
■生活困窮と撃ちぬく実弾
主人公、山田なぎさは引きこもりの兄を持つシングルマザーの母親に育てられたことで生活困窮の実態を誰よりも近い場所で感じていた。そんななぎさが中学卒業と同時に願う進路はただ一つ、自衛隊に入隊することだった。
なぎさは度々『実弾』と口にする。実弾とは、理想主義と対比した現実的であるものの象徴だといえる。机上の空論を打ち砕く、あまりに実践的で実用的な『実弾』、上から抑えつけられた生活を撃ちぬく弾丸をなぎさはまだ中学生という時分ながらも求めている。
そんななぎさの元へやってきた藻屑は自分のことを『人魚』だと自称する。「ここに来たのは人間界が知りたかったからです」、そうあっけらかんと自己紹介する藻屑はあの人気ミュージシャン「海野雅愛」の娘であり、著名人の娘で金持ちだとわかるや否や、なぎさから藻屑に対する興味は急速に失われていく。なぎさからすれば藻屑の言動のすべては『砂糖菓子の弾丸』でしかなく、砂糖菓子の弾丸は現実を撃ちぬくことができない、お嬢様の想像の中の武器でしかあり得ない。なぎさは、そんな現実離れした藻屑のことを軽蔑するのだ。
■手にした弾丸は実弾か砂糖菓子か
藻屑は進んでなぎさにちょっかいを出すがあくまでなぎさは無関心を装った。嘘で塗り固められた藻屑の言葉には一つも実弾が含まれていなかったからだ。
ある日、なぎさは藻屑とスーパーに行き、藻屑が大きな鉈を購入するところを目の当たりにする。藻屑いわく「お父さんがバラバラ死体作るのに使う」とのこと。なぎさはもはや嘘を言及することすらしない。しかし、ある日なぎさにも我慢の限界が訪れる。
藻屑の豪邸にやってきたなぎさ、藻屑は玄関で「この家の中から 消えます」と宣言する。いわく「泡になって消える」、それをもってして人魚であることの証明とするというのだ。「三十分後に最初のバス停で」そう言い残して藻屑は家の中へと消えていった。
実際、次に藻屑が姿を現したのは待ち合わせの約束をしたバス停だった。泡になって消えたと言い張る藻屑に、遂になぎさは限界を迎える。藻屑を最低の嘘つき女だと看破してみせ、「バラバラ死体」についても大きな犬小屋があったことから「バラバラにされたのは人間じゃなくて”犬”だ」と推理を利かす。実際のところ、なぎさにとってこれが真実である必要はなかった。ただ、藻屑が「嘘つき女」であるという事実を突きつけることができるだけでよかった。
しかし、藻屑の返答で事態は一変する。
お父さんがポチをブロックで殴って殺したと藻屑は主張するが、なぎさはこれも信じない。それどころか、今日一日の海野藻屑の言動を振り返りげんなりしていた。
そこでなぎさは直接的な行動にでる。「砂糖菓子の弾丸は無意味で不毛なのだと」藻屑に突きつけるために、ポチが埋葬されているという山まで確認に行くことを決める。藻屑はこれを嫌がるが、それならなおのことなぎさは自身の正しさの証明のために、歩みを進めずにはいられない。
藻屑の指さす先、その光景を目の当たりにしたとき、なぎさは気づいてしまった。「海野藻屑は あたしよりも 不幸な子 なんだと」。
■そして迎える衝撃の結末
藻屑に対して明確に友達意識を抱いてしまったなぎさは、クラスメイトとの関係よりも藻屑のことを優先するようになる。
生活困窮の家に生まれてしまったが故に『実弾』を求めてやまなかったなぎさ、しかしそんななぎさの目の前に、自身より不幸と思われる少女が現れてしまった。なぎさが求めた『実弾』とはなんだったのか。次々に明かされる藻屑の劣悪な環境に耐え兼ね、なぎさはここじゃないどこかに逃げようかと提案するのだった。
そして迎える、衝撃の結末とは…
■まとめ
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』は、ガールミーツガールの青春物語であり、またミステリーでもある、非常に特異な空気感を孕んだ作品であった。大人になる過程にある少女の、まだ未発達な弾丸を撃ちあうさまをできる限りのグロテスクによって描いた本作は、当人たちにしか感じることのできない激情の一片を垣間見ることで、読者もまた一つの『弾丸』を手にすることになる漫画だった。
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