甘く浮く醸造への道⑥
第6回 生きるのに必要ではないが、魂には不可欠なもの
泳ぐのに、安全でも適切でもありませんが、禁止はされていないので川に入っている。そんな毎日です。
2020年4月上旬。
そう綴った自身のInstagramの投稿が示す通り、僕は正直困憊していました。
コロナ禍における外出自粛の影響は北関東の小さな街でも例外なく押し寄せ、お店を開けても閑古鳥が鳴く日々。酒場というのは生活必需ではない場所なんだという現実に、自分自身の今までを全て否定されたような気持ちになった挙句、こんな状況下で娯楽を提供する店に立ち続ける自分にも疑問符が浮かぶ…
まるで真っ暗闇の中を矛盾を抱えながら出口を探してもがき続ける毎日。
そんな中、差し込んできた一筋の光がありました。
「飲食店向けの期限付き酒販免許」付与の知らせ。
コロナ渦で打撃を受けた飲食店に少しでも在庫を現金化させようという国税局の緩和措置でした。
当初、甘く浮く5周年記念の催しに合わせて仕込んだ450本ものオリジナルビール。
しかし、とてもそんな催しを開く状況ではなく、お披露目の場を失ったまま倉庫に1ヶ月間眠っていたのですが、これで日の目を見る事が出来る。
小売という形だけれど、大好きなお酒に関わる仕事がまた出来る喜びは自身に凄まじいエネルギーを与えてくれました。
迅速に期限付き酒販免許の申請を済ませ、埃が被りかけていたラベルを急ピッチで手貼りしました。
自身のSNSでオリジナルビールをリリースする旨の投稿をすると遠方の方からも思いがけない反響がありました。どうにか応援して下さる方々にビールを届けたい一心で税務署の酒類指導官に掛け合い、自店のお食事券購入者への返礼品としてビールを送るという名目で他県への発送も許可して頂けました。
オリジナルビールリリースの準備期間中、異様な興奮を覚えながら、僕は敬愛する佐渡在住の醸造家、ジャン・マルク・ブリニョがワインについて語った言葉を心の中で反復していました。
「生活には必要ではないが、魂には不可欠なもの」
皮肉にも世界の危機の最中、僕は一つの真理を手にしたのでした。
税務署の迅速な対応で期限付き酒販免許付与の知らせが来たのは、奇しくも政府が全国に緊急事態宣言を発令したその日でした。
翌日からオリジナルビール販売を開始。
甘く浮くを応援してくださる沢山の方達に足を運んで頂き、初日から感無量でした。
お食事券もありがたいことに早々と用意していた50口が完売。遠方の方にも無事届ける事が出来ました。
⬆︎1,500円で1,890円分のお食事券になるthank you チケット。
埼玉は宮代町のナチュラルワインが買えるベーカリーlaboさんにも、製造元経由の卸という形で70本扱っていただけたこともあり、販売開始から5日間で450本を完売する事が出来ました。
⬆︎オリジナルビールを扱ってくれたlaboさん。
沢山の方達に支えられて今の自分があるという認識を今回ほど感じた事はありませんでした。
そして僕は自分自身が醸したビールを人々に届ける喜びを知ってしまったのでした。
(つづく)
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