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心の抽斗、記憶の欠片。 1

はじめに。
私の心の中には、大小様々な抽斗が存在している。
その大半には錠前がついており、きっかけとなる事柄 - 鍵 - を持ってしてその抽斗を開け、中にそっと仕舞われている「記憶」を取り出すことができる。
「記憶」の形も様々で、まばゆい光を放つものもあれば、錆びついたもの、中には、更に謎を解かねばならぬ「からくり箱」の様相を呈しているものもある。

これから綴られる文章は、本当のことかもしれないし、そうではないかもしれない。
でもそれは、この物語を読むうえで、さほど重要なことではない。
読む側の人間にとって、嘘か誠かなんてわからなくとも、「赤の他人のふとした出来事」として捉えられれば、それでよいのだから。
だからそう、事の真相を知っているのは、私だけで構わないのだ。
それを頭の片隅に置いた状態で、この先を読むかどうか、決めて欲しいと思う。
もし、読んでくれるのなら、その「ご縁」に感謝して。

天蒔 柊太郎



転校してから、言われて知った。
あの子が自分を好きだと思っていたこと。
それまで、気にしたこともなかった。
今はもういない教室の机をながめて、あの子の姿を思い出そうとした。

そういえば、転校してから1度だけ、あの子を学校で見たんだっけ。
夏休みのプールで遊んでいるとき、ふと、フェンスの外を歩いている人影に気づいた。
それは、転校したはずのあの子だった。
なぜ、ここにいるのだろう?
転校したはずなのに。
あれは、まぼろしなんだろうか。
このときすでに、あの子が自分を好きだったことを聞いていたから、少し、恥ずかしくなった。
人から聞いたはなしだから、本当なのかはかわからないけど。
でも、ときどきこちらを見ては、うつむきながら草むらを歩くあの子の姿は、なんだかさみしそうだった。
それだけは覚えている。
何年経っても。

****************

やなやつ。
それが、私の彼に対しての印象だった。
中学1年で転校していった彼。
転校してから、クラスメイトが口々に言っていた。
「あいつは、君のことが好きだったんだ」と。
まさか、そんな、私のことなんて。
それさ、テレビとかマンガでよく聞く「好きな子にちょっかい出す」ってことだったりするの?
いろいろ言ってくるから、私のこと、嫌いなんだと思ってた。
いまさら、そんなこと言われても、もう、彼はいないし。
確かめようがないよ。
でも、それが本当だったとしたら、嬉しく思う。
ありがとう。

****************

僕は、君が好きだった。

けど君は、僕じゃない、ほかの人のことが好きだった。
だから、実らない恋だと、わかっていた。
それでも、好きだった。
学科が違うから、会えるのは部活のときだけだった。
部活で熱心に練習する君。
気配りができて、よく、場を明るくしてくれた君。
眼鏡をかけた、お茶目な君。
部活へ行くのが、楽しかった。
でも、その部活も、僕は途中で辞めてしまった。
会えない日々が続いた。

それでも僕は、君が好きだった。

卒業式の日、手紙を書いて渡した。
君のことが好きだったと、書いて渡した。
もう会えないとわかっていたから。
最後に、気持ちだけは、伝えたかった。
返事はもらってないから、どう思っていたかはわからない。
でももう、いいんだ。

僕は、君が好きだった。

青春時代の淡い思ひ出。


「こいつに、飲み物一本買ってやるか」。そんな心持ちでご支援いただけたら、幸甚の至りでございます。