りゅうおうのおしごと! 12巻を読んで

 「りゅうおうのおしごと! 12巻」をついさっき読み終わった。

 ちょっと頭が痛い。泣きすぎたせいだ。なんの比喩でもなく「第四譜 シンデレラの奇襲」あたりから、ずっと涙を零して泣きながら読んでいた。前々から「りゅうおうのおしごと!は面白いなぁ~」と思っていたのだけど、11巻と12巻は本当に何か圧倒されてしまうような凄みがあった。

 ところで「りゅうおうのおしごと! 12巻」のすごさは、激エモシーンがぶち込まれまくった本編のあとに、あとがきの後のオマケ外伝である「感想戦」を読むと背筋が凍って涙が引っ込むところだ。本全体の分量にすると約5%にすぎない短編だけど、これがあることによって作品全体の厚みがすさまじく増している。

 以下、ネタバレばかりの感想文になっている。りゅうおうのおしごと12巻を読んでいない人は、読んでから画面をスクロールして欲しい。


恋愛模様

 11巻で一番びっくりしたところは、八一の相手が銀子で確定したことだったんだけど、まさか12巻でこれだけあいと天衣の掘り下げが来るとは思ってなかった。というか男性向けハーレム物でこれだけシリアスに負けヒロインの心情が掘り下げられるの珍しいね!? 

 上記の通り私は「シンデレラの奇襲」のくだりに涙腺をざっくり破壊された。10歳の女の子の口から出てくる「あなた空銀子のことを何歳から好きだった?」「あの女からは全てを奪ってやる」って台詞が良すぎる。割と真面目に「りゅうおうのおしごと!」で一番かっこいいのは天衣ちゃんなんじゃないかな……。そして八一はあいの好意は察していたけど、天衣からの気持ちにはまったく気が付いてなかったんですね……めちゃめちゃひどい男だ……。

 今巻で一番不憫だったのはあいじゃないだろうか。結果として彼女の行動はことごとく銀子と八一の中を深めていくようになった気がするんだけど、特に「師匠のお側に自分以外の人なんて~」ってくだりのところが可哀想でならなかった。銀子からその台詞が出てくるのは、銀子に「八一は自分を選んだんだから、他に目移りすることはない」って自信があるからなんじゃないかなあ。あいが銀子と同じ立場だったら、同じようなニュアンスの台詞が出て来た可能性は十分あると思う。そんなに自分を責めないでくれ~。

 あと、作中だといい感じの雰囲気にまとまってたけど、飛馬さんと彼女の話はちょっとひどくないですか!? 佳香さんは羨ましいって言ってたけど、それは佳香さんが将棋に取り組んできた人だからこそ言えることで、飛馬さんの彼女は絶対にめちゃめちゃ傷ついてると思う……。


娯楽を職業にすること

 「りゅうおうのおしごと!」のすごく好きなところなんだけど、プロ棋士の世界をすごく大切に書きながら、それ以外の分野で生きる人についても軽んじていない。11巻だと八一の母親と銀子の会話「何かに一生を捧げるなんて。そんなに特別なことじゃないの」、12巻だと辛子の「楽な仕事なんて何一つなかった」。取り扱っている分野を魅力的に書こうとするあまり、そうではない「普通の世界」を軽く扱ってしまう作品が多い中で、それ以外の世界についても誠実に書こうとするのすごいなあ、と思った。

  少し話は逸れるんだけど、優れた才能を持つがゆえに他人を傷つけて、自分も傷を負ってきた創多くんが、プロになったことによって「華麗なプレイングで誰かを楽しませる存在」になることが出来たの良かったね~とここでも大号泣してしまった。あと創多くん、ちょっと元ネタが分かりやすすぎて大丈夫かな。まあこの作品の元ネタの分かりやすさはもはや言わずもがななんだけど、さすがにちょっと丸被りじゃない……?


才能あるいは受け継がれていく夢

 正直12巻を読むまで、飛馬先輩はまったくのノーマークだったんだけど、「第五譜 ネクタイとサイコロ」でもう目玉が溶けるかと思うくらい泣いた。鈍くさい読者だから飛馬先輩が四段の記の最後になんて書こうとしているのか、作中で触れられるまでまったく分からなかったんだけど、そう来たか……と涙が滝のように溢れてきた。

 というか12巻の創多くん周りの伏線の回収が鮮やかすぎた。「最初から才能が数字でみえたらいいのに。そしたら、本気で殺し合うことなんてなかったのに」は八一vs於鬼頭戦から感想戦まで綺麗に引っ張られ続けたし、誰かの心を折る存在だった少年が他人の夢と一緒にプロになっていくのも激エモだった。

 あと、ラストもラストのネクタイの受け渡しのシーン、あそこは飛馬さんが創多くんにネクタイの出自を言わないから余計に良いんですよね。創多くんはきっと、清滝先生や飛馬さんのように自分の才能について思い悩むこともなければ、彼らの悩みを根本的に理解することもないんだろうけど、それでも代わりに夢をかなえることは出来るんですよね。すごい展開だなあ。

 そして「第五譜 こう」。あいちゃんが乗り移ったような振る舞いをする八一が激熱だった。奨励会メインの話だって分かっていたから、立ち去るものから残るものへ遺志が託されるところは予想の範囲内だったけど、弟子から学ぶ話がこんなところでも出てくるとは思わなかった。7巻もそういう話だったけど白鳥先生そういう話が好きなんだろうか。ていうか皆あいちゃんの評価クソ高いな!? 


九頭竜八一と空銀子

 いやもう二人とも最高に傲慢でしたね! 自分たちが恵まれた立場にあることを、これだけ自覚していない主役カップルも珍しいんじゃないかなあ。

 銀子は自分のことを「体も弱いし将棋星人ではない、恵まれない側の人間」だと定義しているんだけど、「圧倒的な美貌」と「作中のどの女性キャラクターよりも先に八一に出会えたという幸運」、そして「これまでの女性棋士の中では一番強いかもしれない将棋の才能」をそもそも与えられているんですよね……。彼女がより高い場所を望んでいるから、色々なものが足りないように感じてしまっているということなんだけど、銀子の自己評価の低さを知ったら月見坂さんや供御飯さんや佳香さんはすごい顔をしそう。

 そして八一は言わずもがな。なんかもう彼はこの世に才能に恵まれた人間と才能に恵まれなかった人間がいること自体を理解してないんじゃないか!?。本当に恵まれている人間はそもそも恵まれていること事態に気が付かないって現実でもよくあるよね……。

 銀子が傘杉三段に対して傷つくシーンと、八一が於鬼頭さんに「この人の底が見えた。こんなやつに負けるわけには絶対にいかない」と思うシーン、どちらも才能があって自分に余裕があるからこそ持てる感情だなあ、という気がしてすごいぞくぞく来た。二人ともすごく似た者同士でお似合いのカップルだと思う。このまま溢れる才能で周囲を焼き尽くしながら生きて行って欲しい。


感想戦

 12巻を読みながらずっと上記みたいなことを考えて居たから、一番印象に残ったのが感想戦の於鬼頭さんの台詞だった。
「もしあいつの視点で書かれた物語なんてものがあったら、それはきっと……どんな壁でも努力で越えられるとかいう、さぞ希望に満ち溢れたお話なんでしょうね」
 ほんとうにそうだ。というか読んだ瞬間、やっぱりそう思いますよね!?となった。自分がちょっと穿った読み方をしていたのかなあ、と思っていたから作中の人物に肯定してもらえたような気がして嬉しかったのだ。ほんとうにもう、ここの下りを読んだ瞬間、ネクタイとサイコロであふれ出た涙が全部引っ込んだんだけど、テンションがめちゃめちゃ上がりました。やったー!竜の化身で魔王な九頭竜八一、最高に大好物です!


総括

 触れてない要素多すぎる気もするんだけど、キリが無いのでこの辺で切り上げておきます。もうこれが最終巻でも良いんじゃないかな……ってくらいクライマックスだったし、話の区切りも良い巻だったなあ。これからどうなるんだろう。個人的には、これまで「恵まれた立場にいるがゆえの弱さ」が目立っていたあいが勝負師として成長していくところとか、心が折れてしまったのに昇段してしまった坂梨さんの苦労とかを描くんだろうか。個人的には八一と歩夢きゅんの絡みがもっとみたいなあ……。というか釈迦堂一門、かわいすぎません?

 そしてこの作品では、将棋とそれを取り巻くプロ棋士という題材の面白さを改めて感じることができた。女流棋士として活躍する小学生たちと、三段リーグを戦っている奨励会生たち、そして主人公である八一たちトップ棋士たちの間にはそれぞれ大きな差があると思うんだけど、どの戦いも熱く魅力的に書かれているのが本当にすごい。ここにAIとの争いまで加えられているんだから、もう面白くないはずないよなあ。早く13巻が読みたいなあ。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?