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彼氏にブチギレた話
彼氏にブチギレた。
なぜブチギレたかというと、それは彼が街中で見つけた美女に見惚れ、「かわいい」と言ったから。たったそれだけだ。
わたしたちカップルはよく異性の芸能人を褒める。わたしは中村倫也がタイプだと彼の前で公言しているし、彼のタイプだって把握している。彼は浜辺美波が好きだった。
浜辺美波がテレビ画面に映ると彼はテレビ画面に釘付けになりうっとりとして見せる。わたしはそれを見て、録画番組であればしれっと早送りする。その一連の流れをむしろ楽しんでいるところさえあった。
彼が浜辺美波をうっとりと見つめていても、なんとも思わない。
それは、浜辺美波という超絶美女と張り合おうとすら思わないというのもあるが、
1番の理由としては、彼が浜辺美波と結ばれることは絶対にないからだ。
彼がどれだけ浜辺美波に愛を募らせようが、かわいいと舐め回すように見つめようが、彼は浜辺美波の髪の毛の一本にすら触れることなく死んでいく。
これが、その辺にいる生身の人間に対してだと、全くわけが違ってくる。
その日は2人でお祭りに行った。
仲良く焼き鳥を食べ、仲良くビールを飲み、クイズを解きながら進んでゆく迷路に入ってあーでもないこーでもない、と笑い合っていた。
そんな最中、ふと彼の目がひとつの露店に釘付けになった。
彼の視線を辿ると、桃のような美少女がいた。
透き通った肌に艶のある黒い髪、伸ばした前髪が汗でまっさらなおでこに張り付いている。
瞳は澄んでいて、頰にはわずかに赤みが差している。
見た瞬間にかわいい、と思った。
「あの子、すごいかわいい」
と先に言ったのは彼氏だった。
「思った、かわいい」
わたしも同意した。
美少女には、あまりに理不尽な話だが、こんなところにいないでほしいと思った。
彼氏の目に届くところにこんなかわいい子、いないでほしい。って。
黒くてドロドロしてそんなことを思ってしまう自分の心の醜さに泣きたくなった。
彼はまだ美少女を見ている。美少女はやってきた業者のひとと何やら談笑している。笑顔が、すごく可愛らしく、目が離せなかった。
「かわいい…すごく魅力的だ…」
もう一度、彼が言った。
6年ほど一緒にいるからわかる。
これはガチトーンだ。わたしを嫉妬させるためとか、ふざけてとか、そんなんじゃない。
そのとき、彼の世界にわたしはいなかった。
30分かけてメイクして、少し大人っぽいけどかわいいなと思って買った青いワンピースを着て、隣を歩いているわたしはいないことになっていた。なんだかとても虚しい気持ちになった。
恋に落ちる瞬間なんか、見せられてたまるか。
二度目は返事をしなかった。何と返すのが正解かわからなかったからだ。
本当の正解は「じゃあ連絡先聞いてくれば?」だったかもしれない。もしそう言えば、彼は喜んで連絡先を聞きに行っただろうか。
無言になったわたしから相当な殺気を感じたのだろう。彼は夢から醒めたような目になった。
慌てて、その子を下げるような言い方をしはじめた。
わたしは怒っていた。かなしかった。
一瞬でわたしを自分の世界からいないことにした彼に腹が立ったし、
心を奪われたら、もうどうしようもないことを見せつけられた気がしたからだ。
いつかそんな日がくるかもしれない。
彼がわたしじゃない誰かを好きになってしまう日が。
それが、どうしようもなくかなしかった。
彼がわたしの髪の毛に触れてきた。いつもの様子で、もう美少女のことなんてすっかり忘れて。
その手をはらって、
「気持ち悪いから触らないでください。」
と言った。
「何が気持ち悪いの?」
と彼は悪気もなく言うから、
「すべて。すべてがきもい。」と答えた。
彼が傷ついた目をして、しまったと思った。
でももうなにもかも手遅れだ。
それからは地獄のような空気だった。
今度はわたしが、彼をわたしの世界から排除した。
わたしは一人で地下街をずんずん歩いた。もはや彼がついてきているのかもわからない。でももう立ち止まることはできない。振り返ることはできない。泳ぎをやめると死んでしまうマグロのように、わたしは歩き続けた。わたしは怒っているのだ。
女性をかわいいと思ったことにではない。
つい口に出してしまうほど、女性に心を奪われていたことに、だ。
その間も、ぐるぐる、ぐるぐる
美少女を見ている彼の横顔やまなざしが頭の中に張り付いて、消えなくて、何回も再生されていた。
30分ほど一人で歩いた。どうしようもなく、コンビニに入って水を買った。もう彼は着いてきていないと思った。それと同時に、いなかったらどうしよう、と少しだけ思った。
おつりをくれた店員さんにありがとうございます、と言うと目があった。泣きたくなった。
この人にも、とびきり好きな人がいたりするだろうか。
もしその好きな人に、好きな人ができてしまったらどうするのだろうか。
コンビニを出ると、彼はいた。
なんだか少しほっとした。もしいなかったら、もう永遠に会えないような気がしたから。
それから歩きつつ、少し話した。
ここからの話し合いは少し長くなる。
結論を言うと、それから彼は自分の言動がわたしを傷つけたことを謝り、わたしは彼に「気持ち悪い」とか、「きもい」という強い言葉を使ってしまったことを謝った。
傷つけられたことは、傷つけ返していい理由にはならない。
仲直り、とまではいかないが、そこからわたしたちは並んで歩いた。
この文章を書きながら気持ちの整理をして、気付けたことがあるので、次に会ったときは伝えてみようと思う。
人の心はコントロールできない。
どれだけ絆があっても、心を奪われてしまうとしたら一瞬だろう。もし、そんなときが来たとしたら、来てほしくはないけど、受け入れるしかない。そしてそれは、私の方にも同じことが起こらないとは言えない。
絶対、とか、永遠、とか
そんなものがないのは知っている。未来のことは誰にもわからない。
けど、今は、ただ
あなたのことが、とても好きなのだと。
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