人狼会レポート(前編)

2019年2月、今年最初の雪の華が舞い落ちる寒い夜。
最終電車後の閑散とした新橋の地下の酒場に、7人の荒くれ者が集まった。
それぞれ己の命をかけて、「わいるど死亡遊戯」に興じるためにー

先日深夜に知り合いの店を借りて開催した、ボードゲーム会の顛末をここに記録する。

いくつかのゲームをしたが、今回は特に「人狼」ゲームを取り上げ、ゲームの推移のハイライトを(多少デフォルメして)スケッチする。

こうした記録をつけるのは初めてなので随分不慣れだし、何よりかなり酒が入っていたので記憶が曖昧な部分もあるが、ご容赦願いたい(木曜日に入れたばかりのジェイムソンのボトルが、土曜日にはもう空になっていた…)

また、今回はいちプレイヤーとしての「私」の視点からのみ描写するが、GM視点でのゲーム推移の観察、記録も面白いし(というかこれが正当だ)、黒澤明の「羅生門」のように、何人かのプレイヤーの視点を組み合わせての描写も、このゲームのミステリー要素を再現するという意味では有意義だと考えるので、次回以降の課題としたい。

「人狼」ゲーム

「人狼」ゲームとは、市民の中に紛れ込んだ人狼を見つけ、排除するゲームである。人狼を見つけられず、市民全員が食べられてしまったら人狼の勝利になる。

ゲームは大きく「昼」と「夜」の2つのフェイズに分かれる。

「夜」のフェイズでは、人狼は誰を食べるかを選ぶ。(この選択は人狼とGM以外は目を閉じた状態で行われるので、人狼の正体は他の参加者には分からない)
「昼」のフェイズでは、生存者の間で制限時間有りの会議を行い、生存者の中に紛れ込んでいるはずの人狼が誰かを議論し、推理する。時間が来たら多数決を取り、誰を「吊るす(追放)」か決議する。

この会議で人狼を追放出来れば市民側の勝ち。
出来なければ「夜」のフェイズでまた1人犠牲者が出る。そして次の日の「昼」のフェイズで、新たに会議と処刑(追放)を行うことになる。何日会議を繰り返しても人狼を追放できず、市民が全員食べられてしまったら、人狼の勝利になる。

とはいえ、何の手がかりもなしに人狼を探す会議は出来ないので、市民側には特殊な能力を持った役職が用意されている。
例えば「予言者」は「夜」のフェイズに生存者の中から1人選び、GMに彼が「市民」か「人狼」かを問い合わせる(占う)ことができる。この選択は、人狼の獲物選びと同様に、予言者とGMの間だけで隠密に行われるので、占われた本人も周りも、占われたことはわからない。
また、市民側と人狼の間のパワーバランスを調整するために、「ボディーガード」「独裁者」「タフガイ」などの役職が市民側に用意されることもある。他に第三勢力として「妖狐」を混ぜることもある。

ポイントは、自分以外の参加者の役職、市民か人狼かも判然としない中、嘘をつき放題の会議をして人狼を見つけ出すこと、そしてその結論に他の参加者からの賛意を得るために説得し、多数決で勝利を勝ち取ることになる。人狼の側なら、市民をいかにミスリードして互いに処刑し合わせ、最終的に生き残るか、また厄介な役職(「予言者」「独裁者」「ボディーガード」など)をいかに早く判別し、処理するか、ということになる。

口下手の私には、なんともハードルの高いゲームではあったが、だからこそ非常にスリリングでもあった。

ゲーム①

「この中に一匹、人狼が紛れ込んでいます。これから二分間の追放会議で、誰を『吊る』か決めて下さい」

GMのM氏のアナウンスと共に、「昼」のフェイズ、追放会議が始まった。
参加者は6名。
「人狼」ゲーム経験者のI氏、S氏。
未経験者のT氏、K氏。
会場となった店のマスターH氏。
そして私。
ちなみにT氏以外は同じサバゲーチームのメンバーでもある。T氏はM氏とI氏の同級生で、今回急遽ゲームに参加してくれた。

一番目の「昼」のフェイズは、(ルールにもよるが)、正直なところ議論しようにも判断材料がない。本日最初のゲームだったこともあり、H氏提供のカレーを夜食に食べながら、ルールを確認しつつ話していた。

ふと、目の前のT氏の手元を見る。
他の参加者はカレーを話しながらほぼ完食しているのに、なぜか彼だけはあまり手をつけていない。思い返すと、ゲームが始まってから随分口数が減ったようにも思える。
「まさか、『人狼』…?」
「善良なる市民」の私は、直感で彼を告発した。
ざわつく会議の場。
「それを言ったらあまちゃんだって酒飲んでないじゃん」
「いつもしゃべらないのに今回よくしゃべる」
「なんか全体的にアヤシイ」
…ヤブヘビだったか?

制限時間が来て、誰を「吊るす」かの多数決に入る。
T氏、3票。
私、3票。
出る杭は打たれるというか、積極的に動こうとすると悪目立ちしてしまうのがなんとも悲しい。

票数が同じだった場合は、二人が順番に弁明をし、それを聞いた上での再投票になる。
最初はT氏の弁明。
「いや、私は人狼じゃないです。アマデウスさんのほうがアヤシイと思います」
次に、私の弁明。
「T氏は口数が減ったから、アヤシイと思います」

さて、決戦投票。
(当事者二人を抜いた4人での投票)
T氏、0票。
私、4票。
全会一致で、私が「吊られる」ことになった。

無念の思いを抱えて絞首台に昇る。粗末な麻綱に吊られ、薄れていく意識の中で、気付かれずにそっと笑うT氏の口に、大きな白い「牙」が光るのを私は見た。(あくまでイメージです)

何日か経って、市民はことごとく人狼の犠牲となり、村は死に絶えたのだった…

ゲーム②

ギリシャ神話に出てくるトロイアの王女カッサンドラは、アポロから愛され予言の力を授かるが、アポロの愛を拒絶したため彼の怒りを買い、「カッサンドラの予言を誰も信じないよう」呪いを受けてしまう。この呪いのためカッサンドラは狂人扱いされ、予言を信じなかったトロイアは滅亡への道を歩むことになる。

このゲームの「予言者」も、一歩間違えばカッサンドラと同じ運命を辿る。

あるゲームで、私は「予言者」の役を担うことになった。
最初の「夜」の占いで、参加者を一人指名し、「市民」か「人狼」かをGMから知らされる。まだ会議もしていない最初の状態、選ぶ基準もないので何の気なしにS氏を指名する。
現在自分を除くと市民4人、人狼1人。まさか「人狼」を当てることもないと気を抜いていた。

GMからの手信号はしかし、「人狼」を示していた。
Wow…

「夜」が明け、会議の時間が来る。
真実を思いがけず覗いてしまった私は、はやる気持ちを抑え、なるべく平静を装い呟いた。
「Sさん、なんかアヤシイ気がしないでもないですね~」

これは悪手だった。
というのも、「予言者」以外の参加者からすれば、1日目の「昼」はまだ何のアクションを起こしていない、ゲーム開始直後なのだ。このタイミングで訳知り顔で「人狼」を言い当てるのは、ミスリードなのではないか。そうした疑惑を呼んでしまったのだ。
「あ、私『予言者』だったんです。私、見た、見たヨ」
焦って付け加えるが、疑惑は消えない。カタコトになるし。

助け船を出したのは、H氏だった。
この状況で「人狼」が「予言者」のふりをするメリットはない。その後の「夜」で犠牲者が出たら、「人狼」が生きていることがバレ、次の「昼」の会議で嫌疑がかかるからだ。だから私は恐らく本物の「予言者」だ。
そのような主旨の説明で、周囲は納得してくれた。
Hさん、ありがとう。

さて、多数決を取る。
私にも何票か入ったが、S氏の票が多く、「人狼」は無事退治されたのだ。

ここでの教訓は2つある。
ひとつは、例え能力を使って情報を得たとしても、他の参加者に信じてもらう説得力と伝達力がなければ、自分の首を締めるということ。
もうひとつは、嫌疑がかかって弁明する際、自分で自分を弁護すると言い訳に聞こえるが、第三者が弁護すると「客観的」な意見として聞いてもらえるということだ。

この後のゲームで、I氏とGMを交代して参加したM氏が「予言者」と告白し、S氏は「人狼」だと喝破したことがあった。それに対しS氏は、「Mさんが本当に『予言者』かはわからない。実は『人狼』なんじゃないか」と反論。そこでM氏は、先のH氏とほぼ同じ論拠で抗弁したが、その後の多数決で僅差で負け、「吊られて」しまったのだ!

酒を飲みながらという状況下、また会話の流れ、その場の雰囲気ということもあるが、人は存外「何が」言われているかより、「誰が」や「何故」「何のために」など、論点そのもの以外の部分で真偽を判断してしまう。
とすると、多数決の場で自分の得た情報や推論を開示する際は、同じ陣営にいると確定した他の参加者と上手く協力しあい、「多数派」を上手く構成していく「政治力」も重要かもしれない。

なんか選挙みたいだが。
あるいはマキャベリか。

ゲーム③

市民側の役職に、「独裁者」というものがある。

彼は「昼」の会議の場(投票開始前)で、ゲーム中一度だけ強権を発動することができる。
すなわち、アヤシイと睨んだ参加者を独断と偏見で指名し、多数決によらず「吊る」ことができるのだ。

トップダウンの意思決定は速い。硬直した状況を打破する力を持つ。しかし「予言者」のように他人の役職を見通せる訳ではないので、あくまで自分自身の判断力で人狼を見分けねばならない。また、冤罪で「吊る」と多分恨まれる。
まぁ、「退かぬ、媚びぬ、省みぬ」帝王に「愛などいらぬ」かもしれないが。

あるゲームの1日目の「昼」の会議で、この「独裁者」のことが話題に上った。
参加者がゲームに慣れてきた頃で、皆発言がかなり慎重になっていた。下手な発言をすると、自分が「吊られて」しまう。「予言者」は「人狼」に正体がバレると「夜」に食べられてしまうので、誰が「人狼」か見通すまでは滅多に口を開かない。かといって黙りこむとまた怪しまれるので、あたりさわりのないトークをしながら、互いに腹を読み合う膠着状態が続いていた。

「『独裁者』が一発で当ててくれれば、(現状を)打破できるのに」
そんな声が上がり始める。

しかし「独裁者」はまだ名乗りを上げない。
正直なところ、判断材料が少なすぎるのだ。

皆が口を閉ざし、情報を漏らさないこの状況、頼れるのは己の「勘」しかない。しかし「勘」などに、人一人の命、ひいては市民側全体の命運を委ねてよいものか?

そんな中、制限時間が近付く。
あと5、4、3、2、1...

「Sさんを追放します」
私は立ち上がり、声を上げた。

「勘」、だった。
これまでのゲームで比較的積極的に発言し会議をまわしてきたS氏が、今回は随分大人しく思えた。黙って周囲の様子を伺う時間が長かった気がした。
確信はあったが、確証はない。あくまで「勘」、だった。

「人狼です」
S氏はカードを表にし、告白した。

まさか、当たるとは!
あまりの驚きに、私は言葉を失った。
そして、何度も「人狼」を引くS氏の「引き」にも感心してしまったのだった。

他にもいくつか印象的なシーンがあったが、あまりに長くなったので一度記事を分け、「後編」として後日掲載する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?