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1.出会い

古本の様な淡い褐色の光の中で僕は目覚めた。見覚えはあるが、名前も知らない人間が僕の周りにひしめき合い、喧騒の中で通らない自身の声を誰かに伝え合っているようだった。油の染み付いた長机には、誰かが飲み干した氷の入ったグラスと食べかけの料理皿が不規則に並んでいて、その香気が辺りを彷徨っている。目に映る世界はふわふわと非現実味を帯びていて、僕は初めて飲む酒か、それともこの雰囲気に酔ってしまったのか分からなかった。ふと僕は向かい側から視線を感じてそちらに目を向けると、飾り気のない格好の、何とも特徴の付け難い人が僕に話しかけているようだった。

その人の名前は、Kというようだった。僕はいつからか初対面の相手であっても物怖じしない性分で、見る限りではKも同じ様な感じであったので会話は弾ませやすかったが、僕はKと楽しく会話をするつもりでもなく、口は物語るものの半分上の空であった。本当のところ、僕はKの隣にいた整った顔立ちの、落ち着いた趣の女の子と親しくなるために、話しかけようと思っていたのだ。しかしKは僕の身の上話に興味があるようで、収まる気配もない喧騒の中、僕らは他愛のない話を続けていた。そのうち、飲みの場では良くある事だと思うのだが、恋バナに発展し、誰に彼氏彼女がいた事あるというような話で盛り上がり始めた。彼女は明るく話しやすいような、所謂いい人だったが、交際経験は無いようだった。僕は何となく彼女がこの先ずっと単なるいい人止まりで、恋愛に発展する機会はないような気がして、そんなことを思いながら、酒の回った頭で彼女を適当に褒め始めたのだ。

「君の明るいとこすごくいいと思うよ。うん。きっとすぐにいい人が見つかるさ。」

安っぽい台詞ではあったが彼女はお気に召したようで、照れくさいような、嬉しそうな顔をして 「ほんと?」 なんて言っていた。本当は哀れみの気持ちで、半ば皮肉を込めてこんなことを言ったのだが、彼女の嬉しそうな笑顔で僕は困ってしまった。すると、そのうち誰かが立ち上がって声を上げ始めた。お開きのようだ。その時の僕は、彼女の事を単なる同じ学科の友達の一人だと思っていたし、僕が彼女に抱いた印象に疑念も抱かなかった。しかし、彼女の特徴を付け難く思ったのも、僕がすぐに彼女をいい人止まりだと見抜いたのも異様な事だったが、ずっと後まで僕は気づかないでいた。

彼女は酷く自分に似ていたのだ。

《続く》

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