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心のしくみ 〈感情の種とマインドフルネス〉


“才能の宝庫” とも呼ばれる潜在意識(無意識)
の謎に 引き続き、触れていきたいと思います。

禅の哲学では 心と家はよく似ていると言われ
潜在意識を “蔵識” と呼び、地下室だとして
顕在意識が リビングルームに例えられます。

もともと 怒り、悲しみ、喜びといった 
あらゆる感情の種は 蔵識で眠っていて、
私たちが 怒りや悲しみ、喜びなどを覚えること
を見たり、聞いたり、五感で感じる。あるいは 考えたりして、その種に触れると成長し、リビングルームまで上がってきて姿を現します。

例えば 誰かに嫌なことを言われたりしたりして、怒りの種に触れると むくむく育ってきて リビングに怒りが「何やねんっ!」と登場してきます。

怒りを感じるのは 不快だし見るのも辛いので
私たちはその招かざる客が上がってこないように
気を紛らわせることで占領し隙を塞ごうとします。

ですが、無視するほどに 怒りは激しく主張
してきます。

感情というのは 表現する必要があるのです。

表現を終えると(整理され)小さくなって
地下室に帰っていき 種に戻ります。

表現されない感情は 蓄積されて
様々な衝動や歪んだ考え方の元になり、
心のしこり(苦しみのかたまり)になってしまいます。

心のしこりは 表現を求めていつでも
リビングルームに上がってきたがります。

それでも抑圧を続けると しまいには爆発を起こします。激怒して人にぶつけてしまって 罪悪感と自己否定感の 悪循環のループなんてことも。

感情は、否認したり切り捨てたりした末に
積み重なった時に限って、自分を傷つけるものになります。(人を傷つけることは自分も傷つける)

私たちがネガティブな感情に対してできることは、感じたくないと逃げたり、戦ったり抑圧するのではなくて 認めて 聴いてあげることです。

マインドフルネスの実践が助けになりますよ。
ブッダの“苦を楽に変容する”瞑想の教えです。

マインドフルネスとは 意識し 気づいている、
今ここに在る 状態。

「息を吸い、入ってくる息に気づく。
息を吐き、出ていく息に気づく。」

体から心の内へ意識して深い呼吸で誘うように
気づきの種をリビングルームに招待するのです。

マインドフルネスのエネルギーは
幼い頃から溜め込んだ心の痛み、
しこりを癒す塗り薬のように働きます。

怒りに対してマインドフルネスであるということは、怒りを認めて 気づいているという状態。

感情は心に流れる川のようなもの。
外からの刺激に対する 心の反応です。
良いも悪いもありません。

ジャッジしないで、そのまま感じていいんです。
感情も自分自身ですから。
感情の嵐がやってきても その先に
青空もあることを知りながら 待てばいい。

怒りや恐れ、悲しみが現れたら
マインドフルネスな呼吸で微笑みかけて 認めて 抱きしめてあげましょう。

不快な感情は 自分本来の望みを知るための
サインにもなります。

理解され、思いやり深く扱われてこなかった
為に人は苦しみますが、逆に 理解を示し
望みを聴いてくれたらほっと嬉しくなります。

自分が自分にそれをしてあげれば、自分を好きになり、信頼できるようにもなります。

自分のことを大切にするって 体の声、心の声を聴いてあげることなんですね。

体内の 血液の循環が良くないと、老廃物や毒素は排出されにくく、溜まってしまい 内臓機能が低下して 病気の原因になるように。

「苦しみのかたまり(心のしこり)」があると
それが、心の流れを悪くします。
心だって良い循環が必要です。

人の体も、心も(感情・思考・愛)も
エネルギーで 影響しあっていて、
自分を大切にしようとするエネルギーは
湧きでる愛の源泉みたいに しこりを解します。

それはギンギンに冷え切った体を、
お風呂のお湯に 浸かってあたたまる時の
あの感じのイメージ。
ほーっと心がほぐれて 流れが良くなるような。

マインドフルネスな深い呼吸は
体と心と魂を繋いでくれる 
何よりの心と体のセルフケアになりますね ♪

体の心の中に 寛げる居場所を見つけて
家に帰ってこれるようになると
外に探し求めた 答えはいつも内にあることに
気づくことができます。

思いやりの種、慈悲の種、理解の種、
歓びの種、感謝の種、しあわせの種。

素晴らしい種も私たちはすでに持っています。
あなたが育てたい 種はなんですか?
育てたい種に ワクワク愛の水をあげましょう。

世にも美しい 宇宙に一つだけの花を
咲かせようじゃありませんか♡

このコラムで書かせていただいた 心を紐解くセルフケアの話、私の生身の声でお伝えしたく、春に向けて(→コロナが収束したらになりました)ワークショップ、考案中です。また改めて😊

1日でも早く、コロナ騒動が収束して 人々が安心して暮らせる日々が訪れることを祈っています。