見出し画像

菩提くん

「あれ?ウライさんじゃない?」

京都の表通りから1本入った細い路地を歩いているとき、すれ違った車から声をかけられた。

ちょうど秋の入り始めで、盆地の暑さも夕方になり少し和らいでいたけど外を歩くとじんわりと汗をかく。

私は先斗町の和食屋さんでランチタイムのバイトをしていて、仕事は終わったけど夜に友達との飲み会があったから、待ち合わせの時間まであちこちぶらぶらしていたのだった。

通りの向こうから、いやに大きな、ピカピカした黒い車が入ってきたなあと思っていた。
車幅がぎりぎりなのに結構スピードを出していたので、轢かれそうで怖い・・・と右端に寄って立ち止まった。

そうしたら、車が私の横で止まって、中から声をかけられたのだ。

左側の運転席にいたのは菩提くんだった。

背が高くて、金髪のような薄茶のツンツンした髪。
目が細くて顎も細くて、でもガタイがしっかりしていて、勉強もスポーツもできて、お家も裕福な男の子。

出会ったのは中学3年の時で、学校は違ったが通っていた進学塾で同じクラスだった。
そこからたまたま高校も同じだったのだ。

菩提くんはいいとこのおぼっちゃんというよりちょっと外国の空気を纏っていて、誰とでも仲良くする自由で風通しの良い雰囲気があった。
気さくで優しく、オープンなところが魅力的だった。
そもそも「菩提」という名字が格好良かった。

なので、彼が高校卒業後の進路で留学すると聞いたときも「おお、菩提くんぽいな〜!」と思った。彼は日本ではないところでのびのび活躍するのが似合う気がした。

でも別に菩提くんとすごく仲が良かったわけではなく、中学の進学塾でも高校でも、会えばちょっと話すぐらいの、顔見知りのクラスメイトのような関係だった。

だから高校卒業後は全く連絡を取っていなかった。そもそも連絡先を知らなかったし、すっかり存在を忘れていた。


「・・・・菩提くん?」
「ああ、やっぱりウライさんだった。げんきー??」

止めた車の運転席の窓から菩提くんは笑顔を返した。

ぴっかぴかの黒い大きな外車を運転している菩提くん。
しかも助手席にはロシア系のモデルのような美女が乗っている。

ほんとに菩提くん??
外国にいるはずじゃ??
と思ったが、目の前にいるのはどう見ても菩提くんだった。

「・・・元気だよ!菩提くんは日本に帰ってきたん?」
「うん、帰ってきた。今は宝石売ってる」
「宝石売ってんの・・・?」
「うん、また買いに来て〜。じゃあね!」

菩提くんは笑顔のまま車を発進させ、狭い裏通りの先に消えていった。
私は
「宝石かあ、どおりで・・・」
とよくわからない納得をした。

菩提くんと宝石。
ぴっかぴかの黒い高級外車。
ロシア系モデルのような美女。

なんだか不思議な時間だったな・・・と思いながら、飲み会の待ち合わせ場所、京阪三条駅の土下座像まで歩いた。


飲み会は楽しかった。
まだ飲み足りないという感じで、一緒に飲んだ黒室くんが最近見つけたクラブにみんなで行くことになった。

木屋町にあるそのクラブは入り口から地下に降りる階段があって、降りた目の前にバーカウンターがあり、奥は暗くてよく見えなかったが、盛り上がっていてなんだかうごうごとしていた。

黒室くんたちは踊ったり、周りの人に声をかけて楽しんでいたが、私はクラブが苦手だった。踊るのが苦手だしどう過ごしていいかわからないからなのだが、お酒は好きなのですみっこの方でジントニックを飲みながら「みんな楽しそうだなあ」と見ていた。そして、そもそも20代半ばという自分の年齢なら、もっとこういうところで楽しんだ方がいいんじゃ・・・という謎の「若者感」を味わっていた。

ひときりお酒も飲んだし、もう遅いからそろそろ帰ろうと思って、踊っている黒室くんに声をかけようと歩き出したとき、入り口のほう、階段のあたりがぱあっと光った。

光は、菩提くんだった。
正確には、菩提くんとロシア系モデルのような美女ふたりだった。

美女たちは長身の菩提くんよりもさらに背が高く、カジュアルな服なのに圧倒的なオーラを放っていた。
菩提くんは、白いシャツにジーンズで、両側に美女を抱えて、そこにいた。

「ウライさん?また会ったねー」
と菩提くんは少し離れたところにいる私を見つけて笑いかけ、
「友達と来てるの?」
と聞いた。

「うん」
「今そこでみんな踊ってる」
と答えると、菩提くんはカウンター越しにバーテンダーに何か話しかけた。

バーテンダーは、カウンターに細いショットグラスをばあーーーっと並べて、そこに次々お酒を注ぎ始めた。
バーテンダーが注ぎ終わると、そのうちのひとつを菩提くんは掲げて、
「みんな飲んで!かんぱーい!!」
と言って、一気に飲み干した。

それを見て、奥のフロアにいた人たちもカウンターに集まってきた。
みんな次々にグラスを取って、笑いながら菩提くんや美女たちにグラスを掲げて乾杯しあっていた。

「ウライさんも!」
と言って菩提くんはショットグラスを渡してくれた。
グラスを受け取り、透明な液体を飲むと口の中と体がかーっと熱くなって、ふだんお酒を飲んでもそこまで変わらない私がすごくふわふわしたいい気分になっているのがわかった。テキーラか?ウォッカ??

黒室くんも飲み友達もなんだか異様な盛り上がりをしていて、みんな菩提くんに何か話しかけているようだった。菩提くんはにこにこしながらみんなの真ん中にいた。


「じゃあまたね」
ぼーっと立っている私に、菩提くんが声をかけてきたので

「なんかすごいなあ菩提くん」
と、私はふわふわしたまま意味不明なことを言った。

その言葉には答えず、いつもの笑顔のまま、菩提くんは美女ふたりを連れて、階段をのぼっていった。

あっという間だった。

菩提くんは最初のショットグラス以外お酒を飲まず、踊りもせず、みんなにお酒を振る舞って一瞬で帰っていった。

私はふわふわした頭で、菩提くんが宝石を売っている理由がなんだかわかった気がする、と思った。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?