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『ペル・パラベラム・アド・アストラ』Day 2-③ 鈴原あゆ美

 東校舎の1階には実習室と文科部の部室しかない。校内で最も空気がよどんだエリアだ。

   ガン部

 扉の横に掲げられた表札「ガン部?なんだそりゃ?」左肩の悪魔が目を眇める「病気のことじゃないよね?」天使が肩を竦める。無視してノックする。
「はい?」
「2年C組の鈴原あゆ実、入部希望。入っていい?」
「入部……どうぞ」
 女の声だ。入る。暗い。何も見えない。カチャ――。
「動かないで」
 こめかみに冷たい感触「動いたら、撃つ」「手荒い歓迎ね」「歓迎はしていない」「入部希望者よ」「嘘に決まってる。何が狙い?」「嘘じゃない」「証明して」「どうやって?」「……話して、入部の動機を」「分かった。話すから銃を降ろしてくれない?」「……駄目そのまま話して」私は浅い溜息。

「殺したい教師がいる」

 空気が変わるのを感じた。こめかみに押し当てられていた冷感が消える。「座って」部屋が明るくなる。
「3年の上韻星子、ガン部の部長よ。入部を認めるわ」
「……あ、はい」
「何その不服そうな態度?文句でもあるの?」
「いえ……さっきの説明で本当に納得してくれたのかなぁって」
「『殺したい教師がいる』凄く信憑性がある。『だよねぇ』としか言えない。入部の動機としては100点満点、ちなみに部員は私だけ、あんたはガン部の二人目の部員」
 眼が光に慣れてきた「凄い恰好してますね」
「普通のカウガールスタイルよ。あんたの銃、見せて」
「……はい」
「ペッパーボックス!それもダブルアクション!アンタ、いいセンスしてるわね」
「自分で選んだわけじゃないんで、いつのまにか鞄に入ってただけだし……ていうか何ですか『ペッパーボックス』とか『ダブルアクション』って」
「マジで言ってる?」
「はい、銃の名前ですか?」
「そう。ペッパーボックスはイーサン・アレン社が製造した西部開拓時代初期の銃、回転式弾倉と銃身が一体化した形態が特徴、この無駄の無いフォルム、セクシーでキュート!ちなみに胡椒挽きに似ているのが名前の由来」
「ダブルアクションは?」
「通常のリボルバーは撃鉄を指で起こしてから引き鉄を引く仕組みになっている、暴発防止の為にね。それに対してダブルアクションは、撃鉄を起こす必要が無い。引き金を引くだけで撃鉄を”起こす”そして”落とす”という二つのアクションが自動的に起こる構造になっている。つまり早撃ちに向いているってこと」
「早撃ちに向いている?!最高じゃん!」
「鈴原あゆ美、思い出した。杉並幸太郎と勝負して負けた子だよね?」
「……はい」
「そっか、なるほどね。で、アイツの銃はどんなのか分かる?」
「分からない。鞄に入れたまま撃ってきたから。私の時だけじゃない。教頭を殺った時も、英語の高木撃った時も、鞄に入れたまま撃ったらしい」
「じゃあ誰もアイツの銃を見ていないのね?」
「はい」
「何かあるわね」
「あのー、で、教えてもらえるんですよね?銃の撃ち方」
「もちろんよ。なんなら今からやる?」
 ハンガーラックに掛けられた制服、名札に”沼袋”と書かれている。
「先輩のこと、何て呼べばいいですか?」
「苗字の”うえいん”でもいいし名前の“ほしこ”でもいいわよ」
 もう一度制服を見る「沼袋って誰ですか?」「えっ!あっ、あの制服の?ああ、名札を見たのね。あれは……誰のかな?」「部員は部長一人だけって言ってましたよね?」「ちっ……そうよ、私のよ。私の苗字は沼袋、名前は星子」
「じゃあ沼袋先輩って呼べば――」
「その呼び名で呼んだら殺す」
「……じゃあ呼びません、星子先輩」
「good!じゃあまずは、貴女に合うサイズのガンベルトを選びましょう」
「はい」

 入部することが出来た。この部で銃の腕を磨けば、きっと杉並を殺せる。でも本当は……本当に殺したいのは、アイツじゃない。アイツは練習台。

 私が待ち望んだセカイ――合法的に殺人が出来るセカイ。このルールが変わらぬうちに、絶対に見つけ出して殺す。

 赤い車……6年前の8月23日……午後19時頃、あの峠で、私の父さんと母さん……そして弟を……絶対に見つけ出して殺す……。

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