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2分30秒小説『ポニーテールに恋したインコ』

 私は棚の上から見ている。
 インコが彼女の肩に止まり、ポニーテールに求愛しているのを。
 彼女はそれを楽しんでいる。彼氏も笑っている。私は一抹の怒りを覚える。インコの気持ちを軽視している二人に対して。

 インコは真剣だ。必死に歌っている。恋の歌を歌っている。自分の想いを歌っている。でもその歌にはごくごく僅かな歪がある。それはインコの持つ負の感情からくる歪で、焦燥であったり、絶望であったり、いやそれが希望だったり切望だったりもするんだけど、ともかく一直線に響くはずの歌声に引っ搔いたような傷があって、でもそれが私には、とても素晴らしいと――インコの歌にこのうえない暖かみを与えていると感じる。
 インコはポニーテールと結婚したいのだ。本気でそうなのだ。私は悲しくなって眠る。
 
 風呂上りとか、彼女がポニーテールを解いている時、インコは寂しそうな目をする。いや、怯えと不安が混ざり合った目だ。パートナーを見失い、心臓を乱している。自分ではどうしようもないようだ。

 インコは真剣だ。インコの世界は多分、狭くて純粋なんだ。そう思う。だからポニーテールを見失うと、とても美しい声で鳴く。愛する者に届くように、声を研ぎ澄ませて、多分薄さ1mmにも満たない気道の筋膜をコントロールして、命がけで澄んだ声を響かせようとしている。それは本能だけど理性だ。私にはそう思える。
 人間はうっとりとしてインコの声を聞き、頬を緩める。殺意が沸く、インコの純真、形は無いけどそれは宝石のようなもので、そう、水晶をより透明にして、しまいに輪郭まで透明になってしまったような、そんなくらいにインコの感情は……だからあんな声で……鳴いているんじゃなくって本当は泣いているのに、それを鑑賞して満足するなんて、酷いよ……あんまりだヨ。

 或る朝、彼が出て行った。

 二度と返ってこなかった。

 彼女は一人になった。

 彼女は髪を切った。ポニーテールはどこかの排水溝に消えた。

 インコは、美しい声で鳴き続ける。

 私は気が狂いそうになる。

 棚の上に座り、世界が名称を持たない色に染まってゆくのをただ眺めている。
 私はぬいぐるみ。
 私は。

 インコに恋をしている。



 綿で造られた声帯を揺らす。けど、インコに私の歌は届かない。
 私はポニーテールの代りにはなれない。
 多分死ぬまでインコは鳴き続ける。
 私も歌い続ける。綿で出来た声帯を震わせて。

 彼女にポニーテールが生えてくる日まで。いや生えてきたとしてもきっと――。

 二つの響きは交差して止まない。

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