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2分50秒小説『穴あきハートでお経を聴いて』

 言えよ。本当のことを――退屈なんだろ?

 倫社の授業なんて、何の意味も無い死ね!俺の時間を奪うな――って思ってんだろ?俺には分かる。俺は半分お前だからな。
 見えてんだろ?そう、窓ガラス。俺はそこに映っている。

 教師が何か喋ってる。抑揚の無い声で、俺たちの未来に興味なんかないんだアイツは。ましてや俺たちの”今”なんて知ったこっちゃないって思ってる。
 お経みたいだぁ?違う。”みたい”じゃなくてあれはお経そのものだ。
 授業とはつまり、クラス全員の葬式。今という時間が殺されている。人生の一部が切り取られ抹殺されてんだ。もし仮にこれを一生分続けたら人間が一人死ぬってことだ、違うか?なのに見ろよ!クラスのやつら、100連続オナニーした後のチンパンジーみてぇに宙を見据えて、脳を大腸に流し込んでクソ化させてやがる。
 お前も同じだ。窓ガラスの外を見て、「野良犬でも入ってこないかな」って、くだらないこと考えて”今”を見殺しにしている。

「俺はお前よりもお前だ」
 
 ”教室と外の世界の狭間で半透明な姿で存在している”。ふふ、まさしくお前の定義そのものじゃないか?

 動くな!見てろよ……どうだ。お前は動いてないのに、俺は右手を上げたぞ。俺はお前の投影物なんかじゃない!お前無しでも俺は存在できるんだ。分かるか?もう一度言うぞ。お前が消えても、俺はこの硝子世界の中にいつまでも映り続けることができる。
 悔しいか?
 そうか――
 なら、お前も右手を挙げてみろよ。

「じゃあ、吉田」
「え?」
「カントの提唱した道徳の実践理論で、仮言命法と対となる考えを何と呼ぶ」
「定言命法」
「正解!どんな考えか説明できるか?」
「無条件にただ実行すべし」
「正解だ!」

 と言った後、教師は俺への興味を一気に失い、また無免許でお経を読み始めた。もっといろいろ聞いて欲しかった。
「セックス・ピストルズはパンクをただのファッションアイコンに貶めた戦犯で、アイツらの音楽は最低のクソなわけだけど、逆にそれが最高にイかしていると思うんだが、お前はどう思う?」
 とかね。

 再び窓ガラスを睨む――正確には、教室と外の世界の狭間にある硝子世界を。アイツがいる。
「お前、真面目にあのお経聞いてやがったのか?」
「ああ」
「見上げた奴隷根性だな。自分の魂をハードオフに3円で売り払ったんだお前は!」
「違う」
「何が違う」
「あのお経はパンクだ。カントはシドよりもシドなんだよ。それに、俺には目的がある」
「目的?どんな」
「倫社のテストで100点を取る」
「はぁ?」
「5教科は全然だけどな。倫社だけ満点。イかすだろ?」
「それ、意味あるか?」
「無い!だからこそ最高にアナーキーじゃないか?」
「アナーキーの意味分かってる?」
「知らねぇけど多分、穴が開いてるってことだろ?」
「”穴開き”じゃねぇぞ」

 硝子の中で嗤った。

 

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