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3分0秒小説『ぽりこれ豆腐』

 豆腐屋の店先に金髪の女性。
「こんにちは」
「いらっしゃい。おや、綺麗なお嬢ちゃんだねぇ。外人さん?」
「すいません。ちょっとお尋ねします」
「はい、何?」
「この豆腐とこの豆腐はどう違うのですか?」
「あー、こっちは木綿でこっちは絹ごし、製造法が違うんだ。木綿の方が硬くてしっかりした食べ応えがあって、絹ごしは柔らかくて蕩けるような触感が楽しめるんだ」
「そうですか。木綿?ですか?こちらの方が数が多いですね」
「ああ、ちょっとだけね」
「いえ、誤魔化さないでください。圧倒的に木綿の方が多いです。非常に偏っています。ところでスウェーデン議会における女性議員の割合を知っていますか?」
「え?いや……知らないね」
「46.5%です。つまり男女の比率はほぼ同じというわけです。もう一つお尋ねします。こちらの豆腐はお値段が高いようですが、何故ですか?」
「やっ、お目が高いねぇ。この豆腐はね、宮城県の契約農家から仕入れている上物の大豆を原料に使ってるんだ。甘味とコクがあって味が濃い、うちが今一番推している木綿豆腐だよ」
「木綿?また木綿ですか?絹ごしを蔑ろにして木綿豆腐ばかり……つまり、この豆腐は他の豆腐と出自が違うということですか?」
「出自?」
「生まれた場所が違うということです」
「まぁ……そうだね」
「わが国では出生地による不当な差別をした人や企業は重罪に問われます。最後に一つ、どうしてこのお店に並んでいる豆腐は皆一様に白い肌ばかりなのですか?」
「え?いや、だって豆腐だから」
「豆腐だから?豆腐だから大目に見ろと?有色人種の方がこのお店に並んでいる豆腐を見たら、きっと深く傷つくことでしょう」
「いや、それを言うなら俺も有色人種なんだけど……」
「ホワイトウォッシュという言葉を知っていますか?映画や劇に登場する有色人種を白人に挿げ替えてしまうという蛮行です」
「はぁ……」
「恣意的に偏りのある木綿と絹ごしの数……産地による価格差……白い肌以外を排除……このお店はナチスですか?」
「ナチス?」
「貴方はナオナチの党員ですね?!白い肌以外を意図的に排除し、更に出自や肌質によって豆腐を不当に差別をしている」
「豆腐を差別?」
「断言します!わが国ではこんなお店は大衆の手によって一晩のうちに破壊され跡形も無くなります!」
「恐ぇよ!どんな国だよ?!」
「訂正します、わが国だけではありません。西側諸国ではどこも同じです。差別主義を掲げた店舗は地上から消し去るべきという考え方は民主主義国家において、もはや常識となっています。申し遅れましたが私、日本支局の特派員として二日前に来日したスウェーデンの有力紙の記者です」
「え?外国の新聞の記者さんなの?へー……え?ちょっと待って!まさか今の話を記事に書くっていうのかい?」
「日本がいかに人権問題において後進国であるか痛感しました。私はこの事を記事にして世界に向けて発信します」
「止めてくれ!国際問題になっちまう」
「では差別を止めてください。まず第一に木綿と絹ごしの比率を同じにすること、次に産地によって不当な価格差を付けないこと、そして最後に、豆腐の多様性を認め、あらゆる色の豆腐を差別することなく取り扱うこと。できますか?」
「木綿と絹ごしの比率?まぁ、それはなんとかできる。産地による価格差を無くせ?くそっ!仕方がない、なんとかしよう。で?あらゆる色の豆腐?……それもなんとかする。だから変な記事書かないでくれ!」
「一週間後にまた来ます。それまでに国際社会の基準に敵うように改めておいてください。では」

 *

 女性の後姿を茫然と見送り、豆腐屋の親父はため息交じり独り言ちた。
「はー、黒胡麻豆腐仕入れんといかんな」


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