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2分20秒小説『Fe』

 泉から女神が現れ――
「あなたが落としたのはこのAuの斧ですかそれともAgの斧ですか?」
 正直者の木こりは――
 「いえ、私が落としたのはFeの斧です」

 すると女神は「あなたは正直者ですね、ではこのAuの斧と、Agの斧を差し上げましょう」
 きらきらと輝く美しい斧を二つとも木こりに渡し、泉へ姿を消しました。

 その一部始終を見ていた隣に住むきこり。
「よしっ、俺もおんなじことをやってやろう!」
 足早に市場へ向かい「おい、斧をくれ」「へい、どれにしましょう?」「Feの斧をくれ」「こちらとこちらになります」「どっちが安い?」「こちらの方が安いです。で、こちらは少し値が張りますがその分頑丈で錆びにくいです」「そうか、どうせなら奮発しよう。そっちの高い方をくれ」「へい」

 斧を買うと泉に戻り、正直者の木こりを真似てFeの斧を振り上げると、可能な限りのうっかり感を演出し、且つわざとらしく見えないように抑えめの演技で、「ああ、しまった」と、斧を泉へ落としました。

 ブクブククブク

 女神が手にAuとAgの斧を持って現れました。
「あなたが落としたのはこのAuの斧ですかそれともAgの斧ですか?」「いえ、私が落としたのはFeの斧です」
 きこりは正直に言いました。すると女神様の顔色が見る見るドス紫に変色し、こめかみに立体感のある十字路を出現させ――

「ガッデム!!」

 と言い放ちました。
 あまりの女神様の豹変ぶりに怯えるきこり。どこで間違ったんだ?上等なFeの斧、さりげない斧飛ばし、正直な回答――正直者の木こりを完コピしたはずなのに――何故だ?
 戸惑う木こりを睥睨し、女神は言います。

「あなたが落としたのはFe70%Cr18%Mn12%の斧ではないですかっ!なぜ正直に言わないのです!」

 そうです。きこりの買った高い方の斧は強度を高め、腐食を防ぐためにFeをベースにした合金で作られていたのです。

 女神は、憤懣やるかたないといった様子で泉へ――熱した鉄を水に浸ける様にジュワジュワと水蒸気を上げながら帰っていきました。

「ガッデム?」  *注 God damn=神を呪うの意

 きこりは小さくつぶやくと、交尾の途中で水をかけられたオス犬のように所在無さげに家へ帰っていきました。

 この寓話から学べる教訓は特にありません。

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