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2分10秒小説『*』

「TV見ました」
「ああ、そう」
「サイン頂けますか?」
「サイン?」
「あのー、これに書いて欲しいんですけど」
「これに?ここで?ちょっと難しいなぁ」
「お願いします」
「分かりました……はい」
「うわー、有難うございます」
「いえ」

「あ、TV見ましたよ先生」
「あ、どうもお久しぶりです」
「今日はどちらへお出かけですか?」
「買い出しに商店街まで出て来たんだけどいやぁ、TVの影響って凄いものなんですね」
「そりゃそうですよ。それにしてもいい番組でした。うちの家内なんて感動して泣いちゃいましたから」
「いやー、お恥ずかしい限りです」
「そのー、家内が先生にお会いしたらサインをもらって来て欲しいと言っておるんですが――」
「ここでですか?」
「実は、家内から”先生に会った時の為に”ってこれを持たされていまして」
「用意のいいことで……しかし参ったなぁ、往来で書いたことはないんで、ちゃんと書けるか分からないですけど構いませんか?」
「構いません。お願いします」
「ふー……はい、書けました」
「有難うございます。家内が喜びます」
「いえいえ、ではまた」

「あー!TVに出ていたお爺さんだ」
「……」
「ねぇねぇ、サイン書いてよ」
「……」
「ねぇねぇ、お爺さん」
「……何だい?」
「サイン書いてよ」
「御免ね坊や、普通お外では書かないもんなんだ」
「嘘だ!さっき書いてたじゃないか!あ、そうだ。お弁当の残りがあるんだ……はい、これに書いて」
「これに?流石にムリだよ」
「なんでだよー!書いてよー!友達に自慢したいんだよー!」
「すまないね」

「ただいま」
「あら、早かったのね」
「会う人合う人『TV見た』って声かけてくるもんだから大変だったよ。もううんざりだ」
「お疲れのところ悪いんだけど、知り合いからサインをせがまれてるの。机の上に一粒ずつジップロックに入れて名前を貼ってあるから、お願いしますね」
「おいおい!これ……え?あ、こっちにあるやつもか?……凄い量だな」
「急ぎませんから」
「しかし皆さん律儀だね。ジップロックに入れてまでして持ってこなくても――」
「あ、そうそう。TV局から荷物が届いてますよ」
 荷物を開ける。ビニールの梱包、解くとDVDのケース、ラベルが貼られている。

 米粒写経家 山根源一郎
『一粒の米に”ハリーポッター”全巻を書いた男』 7月16日放送分

「しかしあの坊や……炊いた米に書いてくれってのは、流石に」


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