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3分0秒小説『VTuberになって恩返しをするヒトデ』

 コンサートホール喫煙所、煙が二筋男が二人、広告代理店の上司と部下、硝子の壁が一枚スライドし、痩せた男が入って来た。会釈をし――「お疲れ様です」。
「お疲れ様です。吉田君、この人が例の佐藤さんだよ。櫻木サクラちゃんのマネージャーの」
「初めまして、吉田と申します」
 煙中名刺交換。
「佐藤さんのお噂は色々と伺っております」
「噂?どんな噂です?」
「非常にやり手だという噂です」
「はは、それはデマですよ」
 上司が煙に乗せ一言。
「いやいや、佐藤さんは業界屈指の敏腕マネージャーだ。実際、スキャンダルでどん底に落ちたサクラちゃんをソロデビューさせて、再びスターダムにのし上げたのは佐藤さんの働きによるものだよ」
「いえいえ、あの件については、そもそも暴露系ユーチューバーが捏造したスキャンダルだったわけですから、いずれ事実が明るみになれば、必ずファンは戻ってくると――そう信じて私は待っていただけです」
「ご謙遜ご謙遜。あれだろ?人気VTuberの”うみほし”に、サクラちゃんにとって有益な情報をリークしたのは佐藤さんだろ?」
「違いますよ。確かに彼が擁護してくれたことで、サクラの復帰が早まったのは確かですが、連絡は一切取っていません。すいません。そろそろ時間なので戻ります」
「そうか、もう開演か。じゃあ我々もそろそろ行くか」


「サクラ、いよいよだね」
「佐藤さん……はい」
「緊張しろよ」
「え?」
「満席だ。下手なパフォーマンスを見せればネットは大炎上だ。人気なんてあっという間に消えて無くなってしまう」
「酷い……なんで今そんなこと――」
「極限まで緊張したうえで実力を100%出し切るんだ――君にはそれが出来る。緊張を楽しめ」
「はいっ!」
 佐藤の発破に威勢よく応えた後、何かを思い出したように急に黙り込むサクラ。
「どうした?」
「昨日、”うみほし”さんからDMが来たんです」
「あのVTuberの?確かサクラがアイドルになった時からずっと推し活してくれてたんだよな?」
「そう」
「どんな内容のDMだ」
「これ、見てください」

**********

 サクラちゃん、初めてDMします。
 いきなりで驚くかもしれないけど、君に伝えておきたいことがあるんだ。
 
 僕は、あの夏君が助けたヒトデです。
 
 子供たちが、僕を海から引き揚げて、防波堤で悶える様を見てげらげら笑っているところを君が助けてくれた。子供たちを説得して、僕を海に戻してくれた。あのヒトデです。

 僕を海に返した後、君はこう言ったよね。
「ヒトデさん。私ね、いつかスターになるのが夢なの。応援してね」

 僕は決意した。君に恩返しをするって、君の夢を叶えてあげるって、だからVTubeになったんだ。影響力の強いインフルエンサーになればきっと君の夢をサポートできる――そう信じてね。
 
 明日のコンサートは君の夢の第一歩目だね。僕はとても嬉しいよ。
 頑張ってね。これからもずっと応援してるよ。

 あの夏のヒトデより

**********

「ははは、面白い奴だな」
「実話なの。誰にも言ったことないけどこの話、私が中学の頃に実際にあったことなの」
「ふーん。で?」
「”ほしひと”さんが本当にあの日助けたヒトデだとしたら私――」
「歌と踊りで応えないとな。彼の言うことが事実だとしたら、きっとここに来ている筈だ。君の晴れ舞台を見る為にね」
「そうか……そうだよね。私、精一杯がんばる」
「まぁ、観客席にヒトデは座っていないと思うけど」
 そう言って佐藤は笑った。サクラは強い目で呟いた。
「……きっと観てくれている。ありがとうヒトデさん」

 櫻木サクラを舞台に送り出し、佐藤は目を閉じ、深く息を吐いた。
「『ありがとう』か……僕の恩返しは、まだ終わっていないよ」

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