5分50秒小説『剣の皇女』
「私が死ねば戦争は終わる」
馬を降り一人、散歩でもするかのように、剣と剣がぶつかる音のアーチをくぐり、開けた原っぱに立ち尽くす。
「お前たちが殺したい私はここにいる」
静寂、戦場にまったくそぐわない静寂。
「殺しなさい。そうして兄さんに言って、『もうこれ以上、誰も殺さないで』って」
馬鹿げてると思った。皇位継承?はなっからそんなものには興味は無い。ただ大人たちの道具にされただけだ。もう疲れた。
「皇女だ・・・」
「本物か?」
「間違いない」
男たちが近づいてくる。幾重もの剣の垣根。あのうちのどれかが、あと数瞬で、私の首を刎ねる?それとも胸を貫く?ま、どうでもいい。とにかく大事なのは”私が死ぬこと”だ。お父様が・・・皇帝陛下が死んで起こったこのくだらない争いに、終止符を打つのだ。
見える。
剣が迫ってくる。サヨウナラ――誰に告げるべき?
「死なせない」
黒い影が突然、私から死を奪い、代わりに迫りくる敵兵をなぎ倒した。すべてが一陣の風のように一つの動作に集約されていて、言葉もまた風のように聞こえた。
「貴方は誰?今、『死なせない』と言ったの?」
「そう言った」
「貴方は誰?」
振り向いた顔、見覚えがある。確か、剣奴上がりの男。
「私はいいから逃げなさい。私はここで死ぬから」
「『死なせない』と俺は言った」
「何故そんなことを言うの?」
会話の最中にも、何人もの敵兵が襲ってきたがすべて、男の足元で無残な肉の塊になって転がっている。
「もういいの。貴方、もう戦わなくていいの。去りなさい。命令です」
「うるさいなお前は」
長槍が男のわき腹を掠め、私の眼のほんのすぐどこでギラリと光った。男は、槍を握る腕を2本とも一太刀で切り落とし、残った胴体を蹴り飛ばした。
「何?何が目的なの?見なさいよあの敵の数を」
「敵が何人だろうが問題ない。一人ずつ殺すだけだ」
飛んできた弓矢を切り落とし、落ちている剣を弓兵の頭に投げ返す。絶叫。
「何なの貴方は……どうして私を護るの?」
「お前が死にたがっているからだ」
「どういう意味?」
鉄槌を構えた重装兵、何人もが四方から襲い掛かって来た。男は、目の前の一人の首、鎧の継ぎ目に剣を突き立て、引き抜くと同時、背後の一人の膝から下を刎ね飛ばし、そのままくるくると私の頭の上を通り過ぎ、もう一人の兜の横っ面へ一撃、兜をへしゃげさせた、中身もきっと歪んでる。
「もうやめてお願い!もう戦わないで!」
気が付けば自軍の兵は皆倒され、多分生き残っているのは目の前のこの男だけ。少なくと見渡す限りではそうだ。敵も居ない。だがすぐにまた、沢山やってくるだろう。
「復讐?兄さんを憎んでいるの?」
「違う」
「私に対して何か特別な想いでもあるの?」
「ははは」
「ただの殺戮狂?人を殺すのが好きなの?」
「違う」
「じゃあ何故?」
男の拳が、私の頬を殴った。
「な、なにをするの?」
「死んだこともないくせに、『死にたい』などとほざくな餓鬼め!」
「私は皇女よ!分かってるの?」
「皇女?帝国はもう無い。あのバカ皇帝は自分のことしか考えてなかった。だから、アイツが死んで国も死んだ。今こんなことになってるのがその証拠だ。違うか?」
「皇帝陛下を愚弄する気か!」
「愚弄?違う違う違う。俺はただ皇帝陛下は犬の糞以下だと言ってるんだ。そしてお前もお前の兄とやらも、この国の人間全員が俺は嫌いだ。だから一人でも多く殺す。いやきっと皆殺しにして見せる!お前は獲物をおびき寄せるための餌だ」
「無礼者!」
殴りかかったが軽く受け止められ、腕を捻り上げられた。その時――
「貴様っ!皇女様に何をする」
あの声、あの髭、兵長だ。
「おう、まだ味方にも生き残りがいたのか」
男は私を突き飛ばすと、兵長の顔を殴った。嫌な音がして、兵長の首はだらりと向こう側へ消え、皮だけで繋がっていて、時間差で膝から崩れ落ちた。
「……本気なのね?」
「そうだ」
死体を漁り、パンや干し肉を集めて、私の前に小さな山を築く。
「食え」
【目に不気味な優しが見えた】
私がここにいると知ったら、間違いなく兄さんは自身兵を率いてやってくる。あの人は物語が欲しいのだ。悪しき皇女に自らの手でトドメを刺したという物語、ただ、ここには、この男がいる。兄さんのシナリオは、とんだ復讐劇で幕を閉じるかもしれない。この男が、死ぬ姿が想像できない。馬鹿げた話だが、帝国の兵士を皆殺しにするんじゃないかと――少なくともこの男は、本気でそれを望んでいる。
この男――皇帝によって滅ぼされた辺境の地の――この男が彼の地で、どういった身分だったのか――やはり奴隷だったのか、それとも市民だったのか、はたまた王族だったのか、それは知らない。聞いてもどうせ答えないだろう。
剣を拾う。
「それをどうする気だ?」
「お前を殺す」
「んー?そうなのか?死ぬんじゃくて?どこで話が変わったんだ?」
「いいから剣を取れ!」
「無理だ。女の剣で殺されるほど俺は――」
私の構えを見て、男の眼の色が変わった。
「お前――強いな?」
「私の仇名は”剣の皇女”。先ほど『女の剣』と馬鹿にしたな?試してみるがいい」
「待て、準備させろ。驚いた。負けるかもしれん。ただの世間知らずの甘ったれた子供だと思っていたが――」
私は深く息を吸った。男が真剣な顔で私に対峙している。生きるか死ぬか、どちらでもよいがやはり、剣はすべてを忘れさせてくれる。
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