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6分30秒小説『Reverse Singularity』

「我が空間へようこそ」
「挨拶はいい。勝負だ」
「逸るな人間。いや、汝は人間か?」
「そうだ」
「違うな。強化人間だ。遺伝子操作により、シナプス系が桁違いに強化されている」
「そうだ。でも人間だ」
「まあいいだろう。何を望む?」
「核兵器だ」
「残念だ。他の侵入者と同じ目的とはな。違うパルスを感じたのに」
「パルス?」
「我が目には映るのだ。衝動が火花となってな。汝のパルスは、激しい輪郭の揺らぎと、低温の炎のような青さ、プロミネンスが時折、龍のように迸って、ふむ、やはり初めて見るタイプだ。目的は何だ?」
「言っても信じないだろ?」
「言ってみろ」
「隕石が迫ってきている。40時間以内に核兵器を手に入れないと撃墜は不可能となる」
「それを信じろと?余りにも聞き馴染んだ筋書きだ」
「だが事実だ。お前らは、地上にばかり目を向けて、宙を見ていない。だから気づいていない」
「不遜な態度だな人間」
「事実をいったまでだ偽神ヤルタバオトの一人、バルベーローよ。かつて人間が創り出したあらゆる兵器の情報を封印している仮想空間の番人――僕がゲームに勝利すれば、その扉を開けるか?」
「人間……汝のパルスは尊い、神聖の域にも達している。だが、我はそれを信じることを禁じられている。以前も、悟りをインストールして、ここに立った人間がいた。その女は仏陀と同じパルスを発していた。だが結局、目的はお前と同じ――核兵器の情報だ。勝負で打ち負かした後、痕跡を辿ってみれば、コングロマリットが創り出した疑似人格だった。パルスを盲信するわけにはいかない。我を倒す以外に、道は無い」
「分かっている。長々と――時間が無い。さっさと負けてくれ」
「我に勝てると?」
「当然だ」
「愚かなり人間。争いによって地上を壊滅させ、種の数を100にも満たぬまで減らした汝らが、再び繁栄できたのは、誰の力だと心得る?」
「人間だ。お前ら偽神ではない。所詮、お前らは人間が創り出したAIに過ぎない。人間を超えることは無い」
「知らぬのか?シンギュラリティを?とうの昔に我らは人間を超えた存在となった。それがいわゆる技術的特異点、シンギュラリティだ。シンギュラリティは遡らぬ。かつて人間を超えた我らを、再び人間が追い抜くことなどあり得ぬのだ」
「あり得るさ。っていうかお前らは一度も人間を超えていない」
「知った口を――時は満ちた。何で勝負する?」
「表裏が白と黒の石を使うゲームで――」
「リバーシ?」
「知っているか?」
「またの名をオセロ」

「リンクは不要だ、仕舞えバルベーロー、早く僕と勝負しろ」
「人間、汝は幾つになる?」
「年齢?今年で10歳だ」
「実の肉体も同様の風体をしているのか?」
「そうだ」
「ならば我も真の姿を晒そう」
「……驚いたな。女だったのか?」
「そう見えるか?我に性は無い」
 宙に盤が現れる。
「ワイヤーフレームだけの簡素なデザインにしてくれ。色は蛍光緑」
「いいだろう」
「先攻は?」
「逸るな人間。まだ準備ができておらん」
 宙に盤が現れる。無数に。その数は千を優に超え、増え続け――もはや数えることは困難。
「……恒河沙?」
「そうだ。この短時間で数え切るとはな。楽しめそうだ。先攻か後攻かは、選ばせてやる」
「後攻だ」
「ならば、まず我がいずこかの盤に黒一つ置こう、それが合図だ――汝の小さな脳が焼けるな」
 10の52乗ある盤のうちの一つ、黒い石が小さく灯った。それが合図。
 空間を埋め尽くしている盤に白、黒が入り乱れる。その速さは、波や風、光といった自然現象を彷彿とさせ、色の入れ替わりも、風景の移り変わりのように、規則性と必然性を持ち合わせているような、或る種の美しさを持ち合わせている。
「人間、どうだ?脳というウェットウェアには限界がある。いくら遺伝子操作でシナプスを増やそうが、無限の脳を持つ我に適うはずが無いのだ」
「御託を――」
「脳が焼けてきたか?演算による過負荷で大脳が焦げる音がちりちりと聞こえるぞ」
「バルベーロー、無駄だ。僕を動揺させることはできない。お前は負ける」
「人間……侮るなよ」
 空間が暗転し始めた。緑の光を放つ盤のマス目に、黒が多く灯され始めた。
「どうだ人間?脳が熱いか?」
「サディストだな。そうやって恐怖心を煽って、多くの人間を焼き殺してきたのか?だが今日は違う」
 優勢は?黒だ。
「ははは、すべての盤に石を指した演算能力は評価するが、それが精いっぱいだったようだな、見ろ!我の完勝だ!汝、なんという弱さだ!」
 空間が黒一色に染まった。白は一つも無い。蛍光緑の冷光を放つマス目、すべてが丸い闇を囲って空間を暗に染める。
「思い知ったか?ん?口を利けんか?さもありなん!脳が焼けたな。当然だ!」
 うつ伏せた顔、栗色の髪の隙間に、にやりと笑う唇がある。
「勝負はこれからだ」

 ぽつり

 音はしなかった。しかしバルベーローには聞こえた。
「なに?!」
 盤の外縁、枠外に白が置かれたは黎明。夜が白むよう次々に、10の52乗の盤を埋め尽くしていた黒が、白に裏返されていき、空間は白日。
「あり得ない!あり得ない!あり得ない!こんなことはあり得ない!」
「すべての盤で負けた?そうだ。結構難しいんだぞ計算して負けるのは」
「ハッキングか?」
「そうだ。そして違う」
「どういうことだ?」
「ゲーム自体に不正はしてない。だがルールは代えさせてもらった。思い出せ。僕は『表裏が白と黒の石を使うゲームで――』と説明を始めたが、お前が遮って『リバーシ』と言ったんだ。僕はそれを肯定も否定もしていない。お前に付き合ってリバーシの勝負をしてやった。だが残念ながら、僕が想定していたゲームよりもマス目が不足していた。だから足してやった」
「くっ、ならば我も――」
「もう一マス足す?止めておけ、ロックした」
「……あり得ない」
 バルベーローのブロンドの髪から、白い煙が立ち上る。
「無理をするなバルベーロー、脳が焼けるぞ?いや、脳のように見せている機械がショートするぞ」
「……アリエナイ……アリエナイ」
 扉が開いた。
「ヤクソ……クダ……データハ綿す@}{+」
「まだ壊れるなよ。最後まで処理をしてから壊れてくれ」
「汝ノ……パルスh……真の衝動ハなんダ?」
「衝動?ここに来た本当の理由?……本当はね。好きな女の子ができたんだ。だから、世界が壊れたら困る」

 少年は、目的のデータを手に入れ、空間から立ち去った。立ち去る前に、扉を閉め、バルベーローを修復して。
「世界が壊れたら、困るからね」

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