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6分40秒小説『faz崎とエンジェル下』

「見てよ山下」
「なんすかこれ美咲先輩」
「山崎が私に送って来たメールを印刷したものよ。遂にやって来たのよ。Xデーが!」
「すません。なんでテンション上がってるのか俺には――」
「ミスをしたのよあの神崎が!聞いてください皆さん!今日まで一つもミスを犯すことの無かったあのパーフェクト新人、神崎正人が本日、ミスを犯しました!あのクールな鉄仮面が剥がれ落ちる日が、ついにやってたのです!」
「ちょっと落ち着いてください。説明してもらえませんか?全然状況が呑み込めないっす」
「まずはこれを全文読んで」


 お疲れ様です。
 丸々商事御中の田中様から、連絡があり、期日までに必要なパイナップルの数量について、14日中にfazにて連絡頂けるとのことです。
 宜しくお願いします。


「どう?読んでみてどう?」
「普通、わざわざ社内用のメールに御中って書きますかね?」
「そこじゃない!まぁ、そこも小癪だけど」
「小癪って……あ、なんすか?fazって」
「ひゃっー!そこよそこ!そこなのよねぇ、fazって何だと思う?」
「……分かんないっす」
「感が鈍いわねぇ、でも山下のそういうとこ、私好きよ。これはね、打ち間違い!キーボードの”x”と”z”を打ち間違えたのよ。絶対にそうだわ!そうに決まっている。キー配列も隣同士だし」
「”x”と”z”ですか……あー、なるほど!”fax"と入力すべきところを間違えて”faz"って入力したってことですか?」
「嗚呼……駄目、もういきそう」
「ちょっ!何言ってんすか止めてください」
「しょうがないでしょ!だってfazよ!faz!なんだよfazって?!代官山のカフェ?イタリアのアパレルブランド?それとも変な髭生やした若造がオーナーのIT企業?あー、たまんない響き!この絶妙にお洒落な響きがたまんない!――さぁ!みんなも一緒にぃ!せーのっ、faz!」
「ちょっとまじで止めてください。他の課に聞こえたら――」
「山下!まだ分かっていないようね。いい?あの神崎がミスをした!つまり、これをネタに神崎をいじれるのよ!」
「いじる?」
「そう、いじるの!いじっていじっていじくり倒して、ことあるごとにいじって、嗚呼、もう仇名にしちゃおう!いい?みんな!今日から神崎のことは”faz崎”って呼んであげて!ぷぷっ!駄目だ……泣いちゃいそう……ぐずっ……ぐす」
「ちょっと!情緒どうなってんすか?良く分かんないんすけど、神崎いじるのがそんなに楽しみなんすか?」
「そうよ!そうに決まってるじゃない?!だってアイツだけ!アイツだけなのよ!私の事”美咲先輩”って、下の名前で呼んでくれないの」
「あー、それを根に持って――」
「違うの!それもある!それもあるけど、一番は仲良くなりたいの!クールすぎるのよアイツ!何言ってもリアクション激薄だし、いじっても全部跳ね返すし。でも今回は無理!いつものようにはいかない。だってミスだもん。神崎のミスだもんね!これをいじったらきっとアイツ、今までにない人間味のあるリアクションをするはず!そこを突破口にしてアイツの心を開いてやる!絶対に仲良くなってやるんだから!」
「……美咲先輩って、本当に熱いっすよねぇ……たまにちょっとあれっすけど」
「”あれ”?」
「正直たまにしんどいっす」
「あー、山下!いい!そうよそういうことなの!そうやって何でも言い合えるチームにしたいの私はこの課を!」
「分かりましたから、ちょっとトーンダウンしてください……あ、神崎が外回りから帰ってきました」
「マジ?……嗚呼、遂に……長かったわ今日まで……おかえり神崎」
「お疲れ様です。沼袋先輩」
「やめろっ!”美咲先輩”って呼べって言ってるでしょ!それより神崎、これを見て」
「……なんですか?これ」
「証拠品よ」
「証拠品?」
「ふっ、まだ分からないようね」
「何のことですか?」
「説明してあげるわ。この書類にはね、貴方がミスをしたという動かぬ証拠が記されているのよ!神崎正人いや、faz崎正人よ!」
「ファズ?なんです?」
「読みなさい!」
「……あー、これですか。いや、僕もおかしいって思ったんですよねぇ。多分先方がfaxを打ち間違えたんだと思いますが」
「え?」
「いや、ですから、先方様のメールにfazって書いてあったので、僕はそのまま――」
「嘘だ!……そんなの嘘よ……違うでしょ神崎、貴方が間違えたんでしょ?」
「いえ、ですから先方様のメールに――」
「じゃあ見せなさいよ!そのメールを」
「はい」
「駄目!やっぱ見せないで!」
「え?どっちなんですか?」
「もう一度だけ聞く。これが最後よ。この答えによって、このチームの今後の結束力が大きく変わる」
「……そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃない!神崎……お願い。”はい”って言って……これは、貴方が書いた文章」
「はい」
「そして、貴方が打ち間違えた」
「違います」
「ちくしょーーー!」
「ちょっと美咲先輩!駄目ですよ手を出しちゃあ!」
「止めるな山下ー!」
「正人!逃げろ!とりあえず先輩の視界から消えてくれ」
「はぁ、分かったよ。じゃあまた外回りに行ってくるわ。先輩、よく分かりませんが、すいませんでした。外回り行ってきます」
「うがー!がー!」
「……獣?」
「いいから行けっ!」


「……ひっ……ひいっ」
「美咲先輩、もう泣かないでください」
「だって……fazが……せっかくのfazが」
「なんすか?”せっかくのfaz”って」
「山下……私が間違ってるのかな?私は、神崎と仲良くなりたいだけなのに、アイツいつもクールぶって心を閉ざして……」
「先輩、このままじゃ先輩の精神が持ちそうにないんで、思い切って言っちゃいますけど……絶対に誰にも言わないでくださいね」
「なんだよ山下、その前振り、ちょっと怖いんだけど」
「……実は、神崎、美咲先輩の事、タイプです」
「ふぁっ?」
「口留めされてたんですけど、先輩のことタイプ過ぎて、まともに目が見れないそうです。会話もです。どきどきして、普通に会話できないって。あと先輩のこと沼袋先輩って呼ぶのも、リアクションが可愛いからだって言ってました。先輩、実はいじられてたんですよ」

 ・ ・ ・

「……駄目。心が壊れそう」
「大丈夫ですか?」
「私……どうしたらいいの?」
「と言われても……ぶっちゃけ、美咲先輩的にどうすか?神崎」
「……どうしよう……どうしたらいいの?」
「答えてください!アイツ真剣なんです。どうなんですか?」
「……好きかも」
「マジすか?!」
「今まで後輩としか見てなかったけど……ど真ん中かも」
「まぁ、確かにアイツ、女子社員の人気、No1ですからねぇ」
「でも付き合うとかは違うかな。チームの人間関係が破綻する本になるから、でも、今よりは仲良く出来そう……でも、どうしたらいいんだろ」
「取り合えず3人で一回飲みに行きます?」
「山下っ!」
「はい?」
「お前のこと、明日からエンジェル下って呼ぶ」
「……絶対にやめて下さい」

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