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『ペル・パラベラム・アド・アストラ』Day 2-② 杉並幸太郎

 富士夕ヶ丘女子高等学校の昼休み時、売店の前には大勢のフーリガンが集結する。女子高の制服を着た暴徒の群れ、手には鉄パイプや火炎瓶――こそ持ってはいないが、いつ暴動や放火が発生してもおかしくはないまさに一発触発の状態。
 原因は、焼きそばパン。人気過ぎて数が圧倒的に足りない。その為に暴動さながらの奪い合いが起こる。

 市場においては、”需要と供給”の原理が働いて、需要が増えるにつれて供給が増える――つまり、企業側が利益を拡大させるために供給を増やすのが常である。が、やはり学校という場所には、外の常識が通用しないようだ。供給が追い付いていないのは明らかなのに、焼きそばパンを増産しようという学校側の姿勢は一切見られない。
 過去に、焼きそばパンの増産を公約に掲げて生徒会会長に立候補し、大多数の支持を得て当選した生徒がいたそうだが、その公約が守られたという話は聞かない。この学校の抱える深い闇――焼きそばパン。

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「あ、高木先生こんにちは」
「こんにちは、杉並先生」
「昼食はパンですか?」
「あっ……ええ、そのつもりだったんですけど」
「ん?ですけど?」
「今、杉並先生が手に取った最後の焼きそばパン、それが私の昼食になる予定でした。セット!」
「え?」
「タイミング的には絶対に私の方が先にそれを手にするはずでしたよね?でも先生が挨拶をしてきたから私は立ち止まり会釈をしたんです。顔を上げると、杉並先生が当然のように焼きそばパンを手に持っていました。you are a cunning man!」
「すいません。発音がネイティブ過ぎてヒアリングが……日本語でお願いします」
「卑怯者と言ったんです!わざと隙を作らせて焼きそばパンを奪うだなんて――」
「いやそんな、落ち着いてください高木先生、たかがパンじゃないですか?」
「たかがパン?よくそんなことが――いや、それはともかく意図的にパンを奪ったことは否定しないんですね?!認めるんですね?!」
「否定はしません。高木先生がこれを必要としている以上に、ボクにもこれが必要です。焼きそばパンを食べることができるかどうかは、今日という一日の後半戦の質を大きく左右する重大事項です」
「ところでさっきのセットは受けて貰えるんですか?」
「ベット、そしてジャッジに問う」

【双方、ワタシガ合図ヲスルマデ――オイ!セメテ最後マデ聞イテカラ話シカケロ!ソレト以前忠告シタガ――】

「さっきのクソビッチのケース同様、今回はライフではなく、焼きそばパンを賭けて戦う。いいな?」
【馬鹿ナノカ?オ前。ベットヲ宣言シタ後二ルールヲ改変スル事ナド、ワタシガ許スト、ファイヤ】
 鞄の中で握りしめていた銃をボクは撃った。高木先生は目を見開いて、ゆっくりと床に蹲る。

「ジャッジ、確かにお前は以前俺に忠告した『会話の途中でも”ファイア”を宣言する可能性がある』と」
【チッ!コレデハワタシガオ前ニ協力シタヨウナモンジャナイカ】
「そういうことで高木先生、失礼します」
「sly fox!」
「スライフォックス?なんですかそれは?」
【卑怯者ヲ罵ル時二使ウ”スラング”ダ】
「さすが英語教師ですね。知りませんでした。コードネームみたいでいいなぁそれ」
「明日は……負けません」
 ボクは床に頬を張り付け身動きできない高木先生の鼻先に革靴を踏み出し、こう言う。
「明日はないんです。ボクはそのつもりで生きています。じゃあ。あ、すいません、あとコーヒー牛乳を一つ下さい」

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