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3分30秒小説『営業の田沼が取引先の井上さんにキレた話』

「井上さん、拳法習ってたそうですね」
「ええ。中国に留学していた時に」
「いや僕格闘技大好きなんですよねー。井上さんが習ってた拳法って何て名前ですか?」
「中林寺拳法です」
「え?中林寺?少林寺じゃなくて?」
「はい。少林寺でも大林寺でもありません。あ、大林寺はご存じですよね?」
「いえ、知りません」
「『鉄拳チンミ』に出てくる」
「あ、漫画の?」
「まぁ、実在するんですけどね」
「そうなんですか?」
「はい」
「で、その大林寺でもなく少林寺でもなく、中林寺の拳法を習っていらっしゃった?」
「はい」
「どういった拳法なんですか?」
「そうですね。分かりやすくいえば、少林寺と大林寺の中間の拳法です」
「えっと、中間というと?」
「はい、あ、つまりですね。あ、丁度ホワイトボードあるから書いて説明しますね」
「どうぞ」
「ここに少林寺がありまして、ここに大林寺があります。で中林寺はこのちょうど中間辺りにあります」
「えっと、その線と線の上に書かれた点は何ですか?」
「線は線路で点は駅です。つまり路線図ですね」
「路線図?!」
「はい。この少林寺駅からですね。ずっとこう林寺線を上って大林寺に行く丁度中間地点にあるのが中林寺です」
「中間にですか……」
「はい。まぁ、実際には、中林寺駅で降りるよりも、中林寺前駅で降りた方が中林寺に行くには便利ですけどね。中林寺駅で降りると結構長い坂を上らないといけないので。でもまぁ修行僧の方は足腰を鍛える為に中林寺駅で降りますけどね」
「えっと、その……修行僧の方って電車で通っているんですか?」
「はい、中林寺には宿泊施設がないので、ビルの2階ですし」
「え?」
「何か?」
「いや、ちょっと意外というか……ビルの2階っていうのが」
「ちなみに1階はコンビニです」
「え?」
「だからみんな帰りにコンビニ寄るんで、授業が終わる頃には修行僧で店内ごったがえしちゃって、あ、それで実際にあった面白い話があるんですけど、お店のバイトの子が肉まんを大量に誤発注しちゃって、で、張り紙に――」
「ちょっと待ってください!今”授業”って言いました?」
「はい」
「そこ”修行”じゃないんですか?」
「まぁ中林寺は座学を重んじる拳法なんで」
「え?座学?っていうとつまり?」
「教本があって、それを使った講義が主な修行って言うか授業になります」
「組手とか実戦とかは無しってことですか?」
「いや、やりますよ。卒業検定の時に。まぁメインはあくまで筆記ですが」
「検定……ですか?」
「ええ。卒検ですね。そん時やります。まぁでもVRですけどね」
「VR……バーチャファイターみたいな?」
「いやストリートファイター4です」
「え?」
「スト4です」
「スト4ってVRありましたっけ?」
「海賊版ですけどね。違法に作られた」
「……ごめんなさい。ちょっと脳が追い付けないです」
「まぁ、学生の頃の話ですからねぇ。日本に帰ってからは全然やってないので、今は腕が落ちているかもしれないですねぇ」
「スト4のですか?」
「正確にはスト4を違法改造したやつですけどね。ちなみに田沼さんは何か格闘技やってたんですか?」
「はい。松濤館の道場で空手は6歳から。今も通ってまして、先月やっと三段に昇格しました」
「あー、そうですか。奇遇ですねぇ僕も三段なんですよ」
「一緒にするなー!」

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