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6分10秒小説『俺(巨乳好き)が能面女(巨乳)を抱けなかった理由』

 ホテルに着いた。点滅する看板の文字。さざれ雨が刹那に色付いては闇に失せる。

 *

 数十分前、雨の降る中、県境の山道を車で走っていた。ワイパーの掠れる音がやけに大きく聞こえ、ヘッドライトが闇に打ち負けて弱弱しく濡れた路面を照らし陰陰滅滅、少しでも気を晴らすべく何か音楽を聴こうとスマホを手探っているうちに、ヘッドライトの先に、何か白い影が見えた。野生動物か?警戒して速度を落とす。
「人だ」
 女?着物を着ている。ヤバい!これ絶対にヤバいやつだ!脇をすりぬけようとした瞬間、女がよろけて車の前に出た。急ブレーキを踏む。
「やべぇって……人間じゃねぇだろ」
 女が顔を上げた――お面を被っている。能面だ。俺は自分でも聞いたことが無い音量の悲鳴を上げた。女が立ち上がり、窓ガラスの前に立った。何か言っているようだ。俺は無視して車を発進しようとした。が、はだけた着物からとんでもなく豊満な胸が垣間見え――窓ガラスを少しだけ開けてみた。
「助けてください」

 俺はどうして女を助手席に乗せたのだろうか?深夜に山道を一人で歩いている白い着物を着た女――まともじゃない。乳か?乳がデカかったからかいや――それだけじゃない。いくら俺が巨乳好きだといっても乳だけで人を判断することは――ある。いや、でも本当にそれだけではない。困っている女性を助けてあげたいという気持ちや、体の線や、腰の括れや、親切心や、肌の白さや、義侠心や、胸元に浮かんだ美しい静脈が俺を突き動かしたのだ。もう一度言っておく――親切心。
 より詳細な自己分析を一つ付け加えるとしたら、きっと金縛りに合うたびに、怖い思いを打ち消そうとエロいことを考えるようにしているので、それが習慣付いてしまい、恐怖⇒エッチな事に変換される思考回路が俺の脳に――いや。

「事故か何かのトラブルに巻き込まれたの?」
「ええ」
「送ってあげるよ。どこへ行けばいい?」
「それが……行く当てがなくて」
「行く当てがない?そうか――」
 それ以上は詮索しないことにした。
「泊まるところはあるの?」
「……いえ」
 沈黙。
「麓にホテルがある。そのぉ、いわゆるそういうホテルなんだけど、今から町へ行っても泊まれるホテルもないだろうから、君さえよければ――」
「……はい」

 *

 入室するなり女が言った。 
「能面村の女は産まれてから7日後に、顔の皮を剥がされます」
 俺は「先にシャワー浴びて来なよ」というセリフをいかにさりげなく且つ男前なトーンで言うべきか脳内でシミュレーションをしていたのだが、一瞬で消し飛んでしまった。
「そして、増女(ぞうおんな)の面を付けて一生を過ごすことを強いられるのです。母もそうでした。祖母も姉も叔母も、村の女たちは皆一様に同じ面を付けています」
「なんというか……酷い話だね」
「私は村から逃げ出したのです」 
「村?さっき言ってた能面村っていう?」
「はい、山の奥にある小さな村です」
「聞いたことないなぁ」
「切り立った崖の下にあります。車で行くことはできません。洞窟を通らないと辿り着けないのです」
「なんかおとぎ話のような――」
「信じて頂けないのも無理はありません。でも本当の話です」
「そのぉ、座って話そうか、その前に”シャワーを浴びて来なよ”」
「はい」

 *

「将来を誓った男が居ました。名を平太と言います。愛していました。とても愛していました。でも――」
「でも?」
「雲よりも影よりも、人の心は移ろいやすいものなのですね。私は信じていた男に裏切られたのです」
「”裏切られた”というと?」
「私を捨てて別の女と村を出て行ったのです」
「そうか……それは辛いね」
「教えてください」
「何を?」
「男の人って結局……面で女性を選ぶものなのですか?」
「え?面?」
「私の面より、あの女の面がよい造りだったから、だから平太は私ではなくあの女を選んだのでしょうか?」
 薄明かりが能面の片側を半月のように浮かび上がらせている。
「いや、その女の人のお面を見たわけじゃないからなんとも――」
「あ、写メあります。これです」
「……君とそんなに変わらないというか、同じに見えるというか」
「気を使わないでくださって結構です。本当のことを言ってください。私の面よりもこの女の面の方が美しい、貴方もそう思うのでしょう?」
「いや……俺は、正直言うと、顔とかよりも女性はそのぉ……」
 能面が俺を見つめている。
「君が村を抜け出した理由はひょっとして、その男を見つけるため?」
「はい、平太とあの女を」
「見つけてどうするの?」
 女は黙って枕を引き裂いた。ビーズや小さなゴム片が飛び散る。
「す……すごい力だね」
「はい、私は増女ですから」
 "増女"の定義を知らない俺は首を傾げたまま頷く。
「そのぉ、さっきの質問の答えだけど」
「はい?」
「おっぱい」
「え?」
「おっぱいです」
「おっぱい?乳房ってことですか?」
「うん」
「貴方は面ではなく乳房で人を判断すると――そうおっしゃるのですか?」
「申し訳ないけど、そう」
「ひょっとして私を助けてくださった理由は――」
「そう、おっぱい」
「つまり私の乳房に興味をひかれたのですか?」
「そう」
「では……こんなブサイクなお面の私でも貴方は愛してくれますか?」
「もちろん」
「信じていいですか?」
「人の価値は顔、いや面なんかで決められるべきではない。おっぱい、おっぱいこそがすべてだよ。君は美しい」
 俺は黙って面にキスをした。
「復讐なんてやめなよ。俺がその男を忘れさせてやる」
 俺は女を抱きしめた。
「嬉しいです……こんな気持ち……もう一生訪れないと思っていました」
 俺は黙って頷き、豊満な胸に触れようと手を伸ばす。
「待って!やっぱり恥ずかしい。ちょっとだけ時間をください」
 女は背を向けて髪を整え、バスローブの襟を正し、こちらに向き直すと――面を外した。
「抱いて」


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