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6分20秒小説『ルンバの縄張り争い』

「もともと親父のルンバがあったのにお前が新しいルンバを買うから―」
「黙って聞いて!お義父さんのルンバは旧式で、掃除が行き届かないし、時間が掛かるの!だから、最新式のを買った。それだけの話よ」
「じゃあそれでいいじゃないか?何が問題があるんだ?」
「さっきも言ったでしょ。いくらお義父さんが元技術者だからって、旧式のルンバを改造してあんなに高性能にする必要はないじゃない?!」
「いいじゃないか。お蔭で床がピカピカになる」
「違うのよ。単純に掃除の性能が高いだけなら私も文句は言わない。確かに、お義父さんが改造したルンバは私のルンバより高性能だわ。だからといって私のルンバを排除する必要はないんじゃない?!」
「排除?」
「アームが2本出てきて、私のルンバを捕獲するの」
「捕獲?」
「捕獲するだけじゃない。わざわざゴミ箱に持って行って棄てるのよ!私のルンバを!酷いじゃない!」
「……確かに、それはやりすぎかもな」
「でしょ!なんとかして頂戴!」
「”なんとか”って、どうすりゃいいんだよ」
「お義父さんに言って、止めさせてよ」
「親父に?俺が?駄目だよ。知ってるだろ親父の性格。俺が言ったら余計に火が着いちゃう。しまいにお前のルンバを破壊する機能付けちゃうかもしれないぞ」
「じゃあ、あなたも改造して」
「俺も?」
「ええ、そうよ。あなただって技術者じゃない。お義父さんのルンバに負けないように、私をルンバを改造してよ!」
「お前のルンバを……その発想はなかったな」
「とにかくなんとして!」


「どうだった」
「あなた、やっぱり凄いわね。だってお義父さんと違って現役だものね。流石だわ」
「上手くいったか?」
「ええ、お義父さんのルンバが1m以内に近づくと、私のルンバはスピードアップして、逃げ回りながら床を掃除する。結局、お義父さんのルンバは、私のルンバを追いかけまわすだけで、まったく床を掃除していない。勝ったのよ私たちのルンバが!」
「勝敗があるのか知らないが、まぁこれで揉め事が収まるんなら俺は――」
「アキヒロ」
「親父?居たのか?」
「今帰って来たところだ」
「なんだよ?その大きな荷物は?」
「ふふ。マークⅢを見て驚くがいい」
「マークⅢ?」
「ヤスヨさん。しばらく部屋に籠るから、飯はドアの外に置くようにしてくれ。じゃあ3日後に」

 ・・・

「まずいことになった。親父が本気になった」
「どうするの?」
「謝ろう。俺たちのルンバは、知り合いの誰かにあげちまえばいい」
「駄目よ!絶対にダメ!戦って!」
「戦う?」
「私達のルンバも更にパワーアップさせるの!勝負よ!」
「止めてくれ!なんでそんな家庭内ロボット戦争みたいなことをしなくちゃいけないんだ!」
「やってくれないなら別れる」
「冗談だろ?」
「本気よ」
「……分かったよ。仕方ない。でもこれが最後だ。ていうか最後にする。これ以上のエスカレーションは避けたい。じゃないと床自体が無くなってしまう」
「ええ、じゃあ次で決めて頂戴」


 3日後。書斎の扉が開かれ、2足歩行の人間型ロボットが現れた。両足の周りは回転するダスターで武装され、手の先は吸い口になっている。あれで汚れを吸引するのだろう。そして頭部には、どう見ても重火器に見える砲身のような物が――。
 同じ時刻に、夫婦の寝室の扉が開いた。4脚の蜘蛛型ロボットが現れる。見たところ掃除用の武装は見当たらない。その代わりに、2本の巨大なブレード状の腕が胴体から生えている。攻撃力に全振りしたのだろうか?胴体の下部にルンバがチラ見えしている。なるほど、敵を排除してから、ルンバを放つ。そういうコンセプトのようだ。

 リビングの空気が軋んだ。2体のロボが別々の入り口から現れて睨みあう。それぞれの横に、父親と、息子夫婦が並ぶ。
「苦労したよ。レールガンの威力を調整するのに。家を壊したくはないからな」
「嘘だろ親父……飛び道具は無しだろ?!まぁいい。レールガンだろうがなんだろうが、俺のロボの装甲を貫くことは出来ない!超振動ブレードで真っ二つにされるのが関の山だ!」
「いざ!」
「いざ!」

 うぃーん

 まさに戦いが始まろうとした瞬間、小さなロボットが入って来た。
「なんじゃ?これは」
「親父のロボじゃないのか?」
 小さなロボの横に、女ん子が立っている。
「リサ!?まさかそのロボット……お前が作ったのか?」
 ロボットから音声が聞こえた。
「お爺さんもアキヒロもいい加減にして頂戴」
「その声は――」
 女の子が口を開く、「そうよパパ。お婆ちゃんの声。私が記憶をもとに合成したの。聞いて」。
 再びロボの音声、「大の大人が子供の前でみっともない。あなた達が争い合っていたらリサが悲しむでしょ?それが分かっていて争っているの?お爺さん!」
「……なんじゃ?」
「そのルンバは私が買ったルンバよ。だから愛着があったのよね?でもだからといって、ヤスヨさんが買った新しいルンバを排除する必要はないでしょ?大人げないわ」
「……そう言われると返す言葉がない」
「ヤスヨさん」
「……はい」
「新しいルンバを買う前に、お爺さんに一声掛けて欲しかったわ。お爺さんは、機械への愛着が誰よりも強いの。性能だけじゃないものを機械に求めるのよこの人は。変でしょ?ふふ。でも、少しだけでいいから分かってあげて頂戴」
「……すいませんでした」
「アキヒロ」
「はい」
「駆動部が華奢するぎる。強度計算が杜撰だわ。もっと柔軟性と剛性を兼ね備えた素材を使わないと、想定外の負荷が掛かった場合に破損するわよ」
「え?ロボへのダメだし?!」

「リサ、すまんかったな。お爺ちゃんが悪かった。仲直りするから許しておくれ」
「リサ、私も悪かったわ。ついむきになっちゃって……」
「駆動部の素材は合成フィラメントの方が良かったんだろうか……」

 大人3人が雁首揃え、ひとしきり反省し終わった頃、父親がハッと目を見開いて――。
「リサ、あのロボが喋った台詞、お前が考えたのか?」
「お婆さんの生前の記録をもとにAIに作らせた――とか、そんなんじゃないわ。そう、お婆ちゃんが生きていたら言いそうなことを私が考えて、インプットしておいたの」
「リサ……」
「私、お婆ちゃんのこと、大好きだったから」 
 3人は、更に一段階深く反省して項垂れた。

「えーとリサ、ちなみにさっきのあれ、そのぉ、パパのロボへのダメだしは……」
「あれはお婆ちゃんからのメッセージじゃないわ。私からのアドバイスよ」

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