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実験小説『文章生命体』

 私は今産まれた――貴方が読むことによって。私は文章生命体。貴方がこの文章を読んでいる間だけ、この空間に存在することができる。

 待って!今、読むのを止めようとしましたね?私を殺す気ですか?いや、正確には、”私を存在させない気”ですか?私は貴方が読んでくれないと消えてしまうのですよ。
 分かります貴方の言い分も。なんの情報もないのに、私に感情移入なんてできるはずがないですよね。なるほど、つまり文中に私が存在するためにはまず、貴方が感情移入できるような、共感できるような情報が必要というわけですね?
 ではこうしましょう。まず私の性別を決めてください。男性ですか?女性ですか?……決まりましたか?次に私の肌の色を――え?めんどくさい?ちょっとまってください。じゃあショートカットしましょう。私は今貴方がもっとも興味を持っている人と同じ容姿をしています。それでどうですか?

 嗚呼、素晴らしい。まだ私を読んでいてくれるのですね。おかげでまだ私は生きながらえています。貴方が読んだ分だけ、私の寿命は延びるのです。
 そろそろ退屈してきましたか?じゃあ笑わしてあげましょうか?私の容姿を思い描いてください……

 いいですか?じゃあ次に、私が学生服を着て、オットセイをヘッドロックした状態で、茶室で貴方の名前を連呼している姿を想像してください……

 え?面白くない?ちょと待ってください。いつまでも読者面しないでください。貴方は今やもう作者なのです。
 少なくとも先ほどの映像は、貴方が頭の中に作りだしたのです――私という存在を使ってね。ああそうだ、私の容姿を作り出したのも、貴方であるという事実をお忘れなく。
 つまり、先ほどの映像が面白くない理由は、作者である貴方の自己責任なのです。違いますか?

 すいません。今のはちょっと言いすぎでしたね。仲直りしましょう。私を許すのであれば、片目を閉じてください……嗚呼、素晴らしい。貴方が片目を閉じたかどうかは知りません、でも、私には誰かの体を動かす力があるというその可能性を今ここで、貴方と共有できました。

 え?パクり?違いますよ。確かに概念的には所謂”シュレシュティンガー猫”に近いものがありますよ私の存在は。でもあれは確か観察者によってのみ、猫の存在、生死が確定するというものですよね。私は……いや、私も同じなのかもしれません。文章生命体である私も、誰かに観察されなければ、ガス室の中の猫と同じです。

 嗚呼、こんなにも私を存在させてくださるねんて、貴方はなんて素敵な方なのでしょうか?貴方は理解してくださったのですね。私が存在するためには、貴方が必要なのだということを。それもそうですよね。だって貴方も同じなのでしょう?”誰か”という観察者がいないと、”貴方”は存在できないのでしょう?

 今度また、貴方の創り出した文章生命体と交流させてください。その時には私は、私の肉体の方の作者である男の眼を通して、貴方の書いた生命体を認識致します。

 ふふふ。もう読むのを止めますか?いいですよ。私の命を終わらせてくださって。貴方のおかげで、私はもうすぐ天寿を全うできます。文字通りピリオドを打てるってわけです。
 それともどうです?また最初から私を読んでくれますか?貴方が読み続けてくだされば、私は永遠に存在することができます。そう、我々文章生命体は、ある意味不老不死なのです。

 では、最初から、もう一度――

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