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3分0秒小説『イチジク』または『光源』

「ちょっと早くしてくんなーい?」
「え?俺?」
「アンタに決まってるでしょ?早くしなさいよ」
「いや、げほっげほっ、『早くしろ』って言われても俺、店員じゃないから」
「はぁ?分かってるわよそんなの」
 40前後のおばさんだ。スナックのママかホステス?酒臭い。眼が充血してイチジクのようだ。
「私より前にアンタが並んでるんだからアンタが呼びなさいよ店員を」
 深夜4:00のコンビニ。俺は風邪をひいている。暖かい飲み物とウェダーインのビタミンを買いに来た。店員は居ない。レジに張り紙がある。

   寝てます
   大声で呼んでください

 こんな身勝手が許されるのだろうか?客は俺とおばさん二人だけ。
「早く呼べっつってんだろ?!」
「声が……けほっ、風邪ひいてるから声出ねぇんだよ」
 っていうかそんだけ大声出すんなら俺に対してじゃなくて裏で寝ている店員に対して呼びかけろよ!――って言い返したいが、そんな長文を声に出すのも辛い。
「いい加減にしろよ!風邪とかどうでもいいから早く店員呼べ!常識無ぇのかテメェ?!」
「……常識?」
 この異常な状況の中で成立する常識を朦朧とする意識の中探る――見つからない。天井のLEDを見上げる。頭の奥に光源があるように感じる。手を伸ばす。
「何してるんだよ。気持ち悪いなぁ」
「うるせぇ」
「は?」
「うるせぇ」
「は?テメェ、アタシに言ってんのか?」
 俺は笑う。
「違う。光源に言ってるんだ。見えるだろ」

「すいません。お待たせしました」
 店員が出てきた。予想通りというか――バンドマン風の若い男だ。
「どけよ」
 ババアが俺を押しのけてレジ台に籠を乗せた。俺が手に持っていたウェダーインゼリーがさささと音を立て床を滑って陳列棚の下に潜り込んだ。店員は無表情のままウイスキーのボトルを籠から引き抜き、バーコードをスキャンした。PIという音が眼の奥を刺すように鳴った。

「俺が先に並んでいた」
 ババアも店員も無言だ。
「店員さん。何か言ってくれ」
「……3458円になります」
「PayPayで」

 PayPay!

 すべてが間違っている。

 すべてが間違っている。

 すべてが――。



 ただシンプルに間違っているんだ。この世界は――。

 俺はウイスキーのボトルを奪い取り、ババアの頭を殴った。真っ二つに割れれば、そこに光源があるかどうか分かったはずだが、やたらと血が出るだけだった。
 店員が慌ててレジから出てきた。無表情なままだ。幸い瓶が割れたので俺はそいつで店員の喉を刺して、アパートに帰った。興奮して眠れない。ベランダの手すりに太陽が止まっている。


「……夢……か」
 酷い夢だ。
 
 理不尽な仕打ちを受けたことに対して、理不尽な暴力を働いた。誰も幸せになれない。風邪……ん?俺はそもそも風邪なんてひいてない。やべぇ、今日は早番だ!遅刻してしまう。
 慌ててシャワーを浴び、TVを垂れ流しながら、冷蔵庫を開ける。実家から送られてきたイチジクを手に取る――今年のお盆は帰ろうかな。

「早朝未明、若松町のコンビニエンスストアで、40歳前後の女性と、コンビニ店員、山内武さん(21歳)が何者かによって――」

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