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8分20秒小説『デモンブレイド』

「面白い漫画見つけたんだけど、読んでみる?」
 深山君がタブレットを僕の机に置いた。
「これ学校のタブレットだろ?無断でマンガをダウンロードしたことが先生にバレたら――」
「大丈夫、バレやしないって。いいから、読んでみなよ。俺ドはまりしちゃったんだ」
「えっ!……これって『デモンブレイド』?」
「そう、知ってるの?」
「いや、知らないけど……確かに面白そうなマンガだね」

「こんなところに居た!」
「清水、お前も読んでみる?すっごい面白いマンガ見つけたんだよ」
「はいはい、それよりも深山君、今日の給食当番、私ともう一人誰だっけ?」
「あ」
「か弱い女子一人に重たい寸胴を運ばせる気なの?」
「山根、タブレット置いとくから、後で感想聞かせてくれよ」

 深山君は清水さんに引きずられるようにして教室を出て行った。タブレットをチラ見して溜息を吐く――僕が投稿サイトにアップロードしたマンガを友達が発見し、しかも”ドはまり”したって?
「まずいことになった」
 正直嬉しい気持ちもある。でも僕が描いたということは絶対に隠し通さなければならない。

 『デモンブレイド』は過激な描写があることを理由に運営からR15+に指定されてしまった作品、つまり15歳以下は読んではいけないということだ。そんなマンガを描いている作者が実は11歳だということが判明したらどうなる?間違いなくサイトから消されてしまう。
 幼稚園から描き続けて、何度も描き直して描き直して、投稿し続けて、先月初めて人気ランキング5位に入ったんだ。連載を止めるなんて――絶対に嫌だ。


 放課後。
「どうだった?」
「何が?」
「何がじゃねぇよ。『デモンブレイド』読んだ?」
「ああ、読んだよ」
「面白かっただろ?」
「深山君、あれR15+のマンガだよ?年齢認証が必要なはずだけど?どうやってダウンロードしたの?」
「昨日授業でやったじゃん?”AIとチャットしよう”って」
「うん」
「AIに話しかけたんだよ『面白いマンガを教えて』って、そしたらあのマンガをダウンロードしてくれた」
「嘘でしょ?そんなことあり得るの?」
「本当だよ。疑うんなら山根もやってみなよ。ちなみに山田は『女の人のおっぱい見て』って言ったらしいぜ」
「流石にそれは無理でしょ」
「ふふ」
「え?まさか――」
「そのまさかだよ」
「あ、ひょっとしてそれが鼻血が止まらなくなって保健室行った理由?」
「凄いよな。やっぱHなの見ると鼻血出るんだなぁ――いや、そんなことどうでもいいんだよ。『デモンブレイド』の感想を聞かせてくれよ」
「バス来たよ」
 二人でスクールバスに乗る。
「あのマンガ……リアリティが無いよ」
「リアリティ?」
「マンガ好きな少年が、大好きなマンガの主人公のマネをして変身しようとしたら本当に変身できちゃったなんて――小学生が描いたような内容だね」
「いや、あの発想は小学生には無理だ!きっと作者の或虎さんは50手前のおっさんだと俺は睨んでいる」
 こういう時にはどういう表情をすればいいのだろうか?
「あと、変身方法がグロすぎる。自分の心臓を突き刺して変身するなんて――」
「だからR15+なんだろうなぁ」
「深山君はグロいのが好きなの?それであのマンガを気に入ったわけ?」
「違うよ。分かるだろ?俺があのマンガにドはまりした理由」
「……大体想像つくけど」
 目を逸らす。窓の外を見る。
「主人公の名前が俺と同じ!深山 株人(みやま かぶと)!こんな偶然ある?あのマンガが有名になったら、俺も有名になっちゃうかもしれないぜ!?なぁ、そう思うだろ?」
「さぁね。でも凄い偶然だね」
 本当は偶然なんかじゃあない。君の名前を使わせてもらった。ただそれだけのことだ。ヒーローっぽい名前だなって――前から思ってたから。
「ま、山根の言うように、確かにグロい内容だとは思う。冒頭からグロさ全開だもんな――デモンブレイドに憧れて変身の真似をした小学生が心臓から血を流して死んでしまうなんて――」
 座席の前方が騒がしい。

「全員、動くな!座ったまま動くな!動いたら殺す」
「きゃー」
「え?え?え?」
「ウソ……でしょ?」
「う・ご・く・な!騒ぐな!悲鳴を上げた奴も殺す!」
 眼鏡をした髭面の男、手にはナイフを持っている。切っ先を運転手の首筋に当て――。
「おい、運転手。筆影山へ向かってバスを走らせろ。展望台のある駐車場まで行け」
 
「深山君……これって」
「バスジャックってやつだろ?デモンブレイドの第一話と同じだ」
「おいっ!そこ、話をするな。黙って座ってろ」
 バスはいつものルートを外れて、山に向かって走ってゆく。見慣れない景色、胃が気持ち悪くなる。
 僕は犯人に見えないように、ランドセルからタブレットを取り出し――。
(みやま君、タブレットを使って会話をしよう)
(分かった。で、どうする?)
(先生にメールをしよう。バスの行先を教えるんだ)
「あー、学校や親にメールをしたいんならどうぞご自由に。お前らの迫真のSOSメッセージが、身代金の額を吊り上げるのに一番効果的に違いないからな。それに――もう目的地に着いた」
 バスが停車した。

「着きました。私は……私には……今年生まれたばかりの子供がいます」
「そんなこと聞いてねぇ」
「助けてください」
「お前……クズだな。子供たちを守るとか、そういう発想はないのか?このバスに乗っている唯一の大人だというのに」
「どうか、命だけは」
「お前みたいな大人が、今の俺を作った。はい、敵認定です」
「きゃーーーー」
「すげっ……あったけ……血ってこんなに出るんだな。おい、騒ぐなよ。俺は子供の悲鳴が大っ嫌いなんだ。次に悲鳴を上げた奴は殺す」
「ひっ」
「ん?誰だ今声出しのは?」
「い、嫌……」
「お前か?」
 男が髪を掴んで――清水を座席から引き抜く。
「ガキも一人殺しとくか?その方がお前らも大人しくなるだろ」

「止めろっ!」
 僕は耳元で聞こえた大声に驚く――深山君っ!?
「清水を放せ」
「なんだテメェ、ヒーローにでもなったつもりか?」
「”なったつもり”じゃあない。俺はヒーローだ」
「は?テメェ、障害児か?」
「もう一度だけ言う。清水を離せ!さもなくば――」
「どうするってんだ?」
「お前を倒す!」
「は?……がっ、ちょ、笑わせんなよ」
「俺は本気だ」
 深山君は右手にコンパスを持っている。
「そいつで俺と戦おうってのか?文房具でナイフに勝つつもりか?子供が?大人に?子供ってのはなぁ……大人の言うことを何でも聞く生き物だ。考えちゃあ駄目だ。殴られようが、真冬に裸で家を追い出されようが、8月に物置に閉じ込められようが……大人にはさからっちゃあいけない。お前らもそうやって生きていくべきだ……世界はオトナで出来ていて、大人は理不尽で、子供は無力だ」
「俺は無力じゃない」
 男が清水を投げ倒した。
「はい、敵認定です。お前を敵とみなします」
「山根、済まない。もし俺が失敗したら次はお前が――」
「深山君っ!駄目だ!」
「へーんしんっ!デモンブレイド!」
「駄目だーー!」

「なんだこのガキ……自分で自分の胸を刺しやがった……やっぱりイカれてたのか?」
「深山君……駄目だよ。あれはマンガなんだ。僕が描いたマンガなんだ……全部作り話なんだ……デモンブレイドなんて……存在しないんだ」

「や……ま、ね……お前が作者だったのか?」
「深山君っ!」
「駄目だろ、作者なら……作品を信じなくっちゃあ……俺は、清水を守る。あいつ、口は悪いけど、猫には優しいんだ、山根も守る。デモンブレイドの続きを描いてもらわなきゃ……俺に最初に読ませろよ」
「ん……んぐ……ごめんよ。僕のせいで」
 涙が床に落ちてゆくのがゆっくりに見えた。

「お、おい……なんだ?!どういうことだ?」

 傷口から流れ出た血が全身を鎧のように覆っている。手には――あの剣は僕が何か月も考えて考えて描いた――頭に生えているカブトのような角、あれも僕が考えた――。

「フシュ―、フシュ―、私ノ名ハ『デモンブレイド』子供達ヲ悪カラ守ル!」


「『AIさん、面白いマンガを教えて』……何このマンガ?……えーと『デモンブレイド』?」


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