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パリタクシー

※ネタバレを含むので要注意。

無愛想なタクシー運転手シャルルは、金も休みもなく免停寸前で、人生最大の危機に陥っていた。そんな折、彼は92歳の女性マドレーヌをパリの反対側まで送ることに。終活に向かうというマドレーヌは、シャルルに次々と寄り道を依頼する。彼女が人生を過ごしたパリの街には多くの秘密が隠されており、寄り道をするたびに、マドレーヌの意外な過去が明らかになる。そしてそのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かしていく。

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家族を養っていけるか日々不安を抱えながら困窮した生活を送るタクシー運転手のシャルルと、高齢を理由に一人暮らしを危惧されて嫌々ながらも老人ホームへ入所する為に自宅からの送迎を依頼したマドレーヌ。パリの思い出の地を巡りながら後部座席で自分の若かりし頃の経験を語るマドレーヌに、最初は面倒臭がりながらも徐々に彼女の送ってきた平穏とは言えない人生と彼女の人間性に惹かれていくシャルル。92歳のマドレーヌと孫程の歳が離れた46歳のシャルルが、友情とも恋愛とも異なる絆を育んでいく。

マドレーヌが「人生で1番幸せだった」と語る米兵のマットとの僅か3ヶ月の逢瀬と、彼の置き土産である息子のマチュー。再び恋に落ちて結婚したレイからは暴力を振るわれるようになるが、マドレーヌ曰く「1950年代、暴力を理由に離婚する人は居なかった」そう。今や日本より遥かに女性の権利が認められている印象のフランスも、当時の女性は夫の許可が無ければ働く事はおろか、銀行口座を開設する事も出来なかった。「でも悪い事ばかりじゃないわ、ベスパも膝丈のスカートもジャズもあった」と朗らかに話すマドレーヌだけれど、夫の暴力が息子のマチューにも及んだ事に耐えかねて、なんとレイの急所を彼(溶接工)の仕事道具であるガスバーナーで焼いてしまい、陪審員(全員男性)に彼の仕打ちを訴えるも殺人未遂の罪で禁錮25年の刑を下されてしまう。法廷の外から聞こえるマドレーヌを擁護する女性達の声も虚しく響く。でもマドレーヌが言い放った「彼は性的不能になりました、喜ばしい事です」という台詞はスカッとした。急所を焼かれるレイの叫び声に、マドレーヌからその話を聞かされている時のシャルルの絶望的な表情、男性ならそうなるでしょうねと笑ってしまった。このシーンで現代のマドレーヌと過去のマドレーヌが後部座席で手を繋ぐ描写、とても素敵だった。

実刑から13年が経ち、模範囚として出所したマドレーヌ。久しぶりに会った息子のマチューは犯罪者の息子として蔑まれる生活に耐えられないと言い放ち、戦場カメラマンとしてベトナムへ渡ったが、半年後に殺害された。彼女の壮絶な人生に絶句しながらも、彼女が用を足す為に急遽一方通行の道路に車を停めて後列の車から大ブーイングを喰らった時にはファッキンポーズをかましたり、その後彼女と一緒に煙草を吸って大爆笑し合うシャルル。「かなり強いから気を付けて」と自分の煙草を渡すシャルルに「今更怖いものなんて無いわよ」とマドレーヌ。シャルルが信号無視で警察に止められた時も、一旦シャルルを車から下ろして女性警官と2人きりになり、どういう訳か難を逃れる。後でシャルルが問いただしてみると「重い心臓病でこれから手術なの、孫は私と一心同体だからとても冷静に運転なんて出来なくて…って感じ」最高だよマドレーヌ!

「毎年地球3周分運転しているが、楽しかったのは娘と夜のパリの街並みを眺めながらデートした一度だけ。でも、貴方は特別。」マドレーヌに心を開き、老人ホームからの催促の電話も無視して彼女をディナーに誘うシャルル。2人で豪華なシーフードを囲みながら楽しい時間を過ごし、マドレーヌから「シャルル、遠くへ行きなさい」と人生の助言を受ける。最後は彼女と腕を組んで歩き、後部座席ではなく助手席に乗せて最終目的地の老人ホームへ送り届ける。彼女と別れ、目を潤ませながら1人パリの街並みを走り抜けるシャルルが切なかった。

後日、シャルルの妻のカリーヌがマドレーヌについて検索してみると有名な女性人権活動家である事が判明。彼女のこれまでの人生を想い、カリーヌと共に再びマドレーヌの元を訪れると、なんと彼女は昨日亡くなっていた。本当に心臓病を患っていた事を知り、彼女の部屋で泣き崩れるシャルル。後日カリーヌと娘のベティと共にマドレーヌの墓参りを済ませると、彼女の交渉人から手紙を手渡される。死について「順番がまわってきただけ」と語るマドレーヌ。「私の家を売ったら幾らかまとまったお金になった。私のいる場所には必要ないけど、あなたのいる場所には必要でしょ。シャルル、遠くへ行きなさい。」もう涙が止まらない。エンドロールは彼女がかつて1番幸せだと語ったマットとのダンスとキスのシーンで幕を閉じる。

この映画、すごく好きだった。

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