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石川幸史 個展「Afterwards」【後編】

この記事は石川幸史 個展「Afterwards」 のために事前に行われた、石川幸史 と篠田優によるインタビュー記事【後編】です。

展覧会の詳細は下記でご覧いただけます。
https://altmedium.jp/post/693799956417593344/

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【作家】石川幸史
【聞き手】篠田優(写真家・Alt_Medium)

〔作家プロフィール〕
石川幸史 / ISHIKAWA Koji
1978年愛媛県新居浜市生まれ。
岐阜県可児市で高校まで過ごし、2001年愛媛大学教育学部情報文化課程卒業後、2005年東京綜合写真専門学校第二学科を卒業。
2018年まで東京を拠点に活動し、現在は石川県金沢市在住。

国内外を旅し、移動を繰り返しながら、過去から未来へと一直線に進む均質でリニアな時間性とは別の瞬間において回帰し円環する時間性や歴史について考察した作品を制作している。

主な作品シリーズに、シフトレンズで光軸を移動させながらその痕跡を撮影し、大地や水の流動性、そこに働く重力のイメージを可視化することを試みた『Silent Shift』(2014-)、光の特性や写真の機能に着目しながら、火や水などの物質の表面を断片的かつ高精細に捉え、アナロジーの手法を用いて、垂直的な瞬間のイメージを連関させた『This is not the end.』(2008-)のほか、近年では東京の周辺地域の歴史や地勢を踏まえてロードトリップしながら、アメリカ化した風景をアイロニカルな視点で捉えた『The changing same』(2017-)などがある。

〔Website〕
http://koji-ishikawa.com

【前編】はこちらから→

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篠田:ヨーロッパで撮影した写真についてもうすこし聞いてみたいのですが、歴史的な場所や建築に対しても多くのシャッターを切ったのでしょうか。

 石川:たとえばワルシャワなんかはナチスとソ連軍がやってきて街を徹底的に破壊され、その後に立て直した街なので、歴史的な古い建造物は少ないんです。でも、その旧市街のところから離れてふらふらと歩いていると、さほど歴史的な建物ではないけれど、冷戦期に建てられた市庁舎や雑居ビル、団地などに突然出くわします。またバスで郊外に移動してる時の車窓から見えてくる風景の中に、昔映像で見たような光景が不意に立ち現れてくることがあるんです。そこにいる人たちも寂れたような建物とリンクするように、まるで70〜80年代の人たちがひょっこりと出てきたように見えて思わずシャッターを切っていたことがよくありました。

篠田:日常の生活の様子だけでなく、ちょっとどこか解放されて、遊んでいるような人々の姿が目につきますね。

石川:そうですね。現地の人の日常を完全に撮ることなんてできないと思うんですけど、なるべく写っている人が何かに没頭していているように見えるものを選んでいる気はします。それと同時に現地の人にとっても非日常のシーンも撮影しています。例えば2018年の旅の最中に、ちょうどロシアで開催されていたサッカーのW杯の決勝にクロアチア代表が進出したんですね。折角だからとクロアチアの首都ザグレブに行ってみたら、街のメインの広場に群衆がいて、ものすごい熱狂してるんです。その様子はまるで革命でも起こったんじゃないか?と思えるほどでした。これはW杯の決勝に進出したという解放感であると同時に、大きなイベントによって噴出した愛国心でもあったと思います。また、かつて多くの犠牲を払った紛争の上に、独立したという歴史とも密接に関係しているように思いました。そうした異様なシーンに立ち会って、ギョッとしながらも写真を撮って、その写真を後からよく見ると、パブリックビューイングのモニターにW杯の表彰式に出てきたプーチンがポツンと写っていたり、たまたま群衆の中にナチスの国章に似たタトゥーが入ったフーリガンのような男が写っていたり…。もちろん撮影の時はそんなの見えていないし、考えてもいません。でもそうしたものを見つけると後からゾッとすることもあるんです。

篠田:それはつまり、撮影したときには気がつかなかったイメージの意味を、のちの時間において見出すということですよね。ヴァルター・ベンヤミンが『写真小史』で書いていたように、写真には、撮影された時点からすれば未来に属する出来事を予見するようなものが写りこんでいるということにも近いのかもしれません。ただそうした視覚的無意識というものは、石川さんの中に蓄積されてきた映像、たとえばかつてテレビを通じて見た革命の風景と、実際の土地の光景が意識せずとも重ね合わされられることで生じているところがあるんじゃないかなと思います。つまり考えずとも考えているというように。

石川:特にスナップはそうですね。撮るときはあまり考えてられないですもんね。ベンヤミンの「写真には、撮影された時点からすれば未来に属する出来事を予見するようなものが写りこんでいる」という点に関しては、似たようなことを考えたことがありました。それはちょうど、ロシアによるウクライナ侵攻が発生した2月下旬、ニコンサロンで「The changing same」の展示をしていた時のことですが、出展していた写真が、ウクライナでの戦禍のシーンやその時迫りつつあったチョルノービリ原発の核の危機ともダブって見えてきたんです。その時、確か2018年のウクライナの写真の中にウクライナ軍の集団とすれ違って撮影した写真があり、撮影の際すれ違いながら、もし本格的な戦争となれば、彼らも犠牲になるのかとひどく暗い気持ちになったことを思い出しました。しかし、まさか撮影した時には、本当に今回のような大規模なウクライナへの侵攻やキーウへの攻撃が発生するとは想像だにしていませんでした。

ウクライナ兵

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石川:それから、今回展覧会をするためにデータをいろいろ開いて見ていく中でちょっと面白いことがあったんです。実は2008年に旅をしたとき、撮影した画像を当時一般的だったストレージビュアーに入れていたんです。当時は80ギガくらいしか容量がないから、データが溜まると写真はさらに外付けハードディスクに転送していたんですが、渡航してから3ヶ月くらい経った頃、本当は変圧器をかませて使わないといけないハードディスクを誤って、そのままコンセントに差し込んでしまい、そのせいでハードディスクが壊れてしまったんです。それで帰国した後、念のためもう一度コンセントに繋いでみたんですけど、やっぱり煙が出てくるし、焦げついた変な匂いもするので諦めて放置していたんですね。ところが、今回そのハードディスクのことをふと思い出し、もしかしたらと思い古いimacに繋いでみたら、なんとデータが救出できたんです。2008年の本当に忘れてたデータが23,000枚くらい。

篠田:数がすごい。(笑)

石川:それを改めて見返して、展示に組み込んでいきたいと思っています。今回救出したのは、はっきり言ってしまえばあの時自分が見落とした写真です。データを見て撮った記憶が全然ないものもありました。

篠田:もちろんどれも石川さんが撮った写真なのだけれど、ある意味では他者として写真を発掘したのだともいえますね。つまり、今回の展覧会では石川さんが撮影者としてだけではなく、編集者、アーキビスト、キュレーターのように多面的な役割を担っていることが面白いと思います。記憶にはない過去の写真を改めて見たときに、現在の石川さんが撮影する写真と共通する部分はどのようなところですか? 

石川:やはり写真学校の時の教育はかなり強いと思うところはありますね。被写体との距離の取り方や、シーンの切り取り方が構成的だなと感じるものはあります。

篠田:ただ、石川さんのこの頃の写真は押し付けがましい撮影者の主体を感じさせないですね。例えば、名作を撮ってやろうとか、スナップ写真とはこのようなものだという感じではなく、もう少し引いた位置から見ているように感じます。そのことが結果的に、写真を細部までよく写ったものにしているように思えます。名作写真を撮ろうとすると画面にかなりのメリハリがつき、そのため主要な被写体以外はあまりよく見えないものになりがちです。それに比べると今回発掘された石川さんのスナップが持つ距離感は、画面内の被写体がどれも、それこそ先に述べたように均質に写されており、それによってある種の資料的な側面を持ち得ているということができると思います。それにしても23,000枚ものデータが発掘されたというのは、控え目にいっても、事件ですね。

石川:いえいえ、データが出てきたことに対しては驚きはありましたが、事件というかただ己の怠惰ですよね。枚数に関しては、学生の時から撮る量だけは多くて、最初は35mmフィルムのモノクロで撮ってたんです。でもやっぱりカラー写真を撮りたいと思った時に自分はある程度、量を撮らないと満足しないところもあったので、カラーフィルムだと、暗室に通って作れるプリントの枚数じゃ追いつかないなと思ったんです。そこが分かれ道でした。
ですから、ある意味でフィルムの写真への憧憬というのは、今回の作品の中にも色濃くあるとも言えます。

篠田:でもデジタルゆえに、今回みたいにずっと忘れていたものであっても、カビもシミも生じていない、その当時のままの画像が出てくるんですよね。

石川:そうなんですよね。データでポンと抽出してきたから、ノイズがあるわけでも埃があるわけでもなくて、褪色もなく破綻していません。なんか、あっけらかんとしているというか。

篠田:そこはフィルムのように物質的なものとデータの違いですね。デジタルであればデータが破損したり、デバイスが故障してしまえば、完全に見ることができなくなってしまいます。でもアナログだったら仮にカビが生えても像は残るという利点もあります。そう思うと今回発見された写真は、奇跡的に時間を越えて再び訪れたイメージということもできますね。

石川:でもやっぱり写真をやってて一番すごいなって思うのは時間なんですよね。時間の移り変わりはやはり残酷じゃないですか。繁栄してたものが錆び付いて、朽ち果てる様は人為を超えているとしか言いようがない…。そこに心打たれるっていうか、いつも震撼するんです。特に古い写真を見た時に一番惹きつけられるところは、そういう部分かもしれないですね。

篠田:普段生きていると自分や自分以外も常に変化してゆくから、昔のことはどんどん忘れてしまいますが、そこに写真がポッと出てくると、ここは昔こうだったのか、こんな人が昔はここにいたんだっていう時間の流れや変化に、強制的に直面させられますよね。

石川:最近は新しいイメージや、流行りのバズワードが早いサイクルでどんどん更新されていくけど、それはある意味で資本主義的だなと思うところもあります。でも昔の写真家や、写真学校の時の先生達の活動を見ていると、長いスパンで時間をかけて、撮影をして、下手したら人生ずっと同じものを撮り続けるなんて人もいますよね。自分にとってはそういうのが写真家の仕事のタイム感というか、時間軸だとも思うんです。自分がその昔、子供の頃見た映像に引っ張られるように欧州に行って、その後10年経ったからもう一回行ってみようっていうのは偶然なんです。でもその間にもいろんなことが変わってしまって、だからまた10年後またいくことになるんでしょうね。そういう感じで繋がっていったことも全部偶然といえば偶然なんですけどね。

聞き手:篠田優(写真家・Alt_Medium ) | 編集:Alt_Medium

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