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進学校から就職を選んだクラスメイトの話 〜東京大学祝辞を読んで

「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。」上野千鶴子氏


私は進学校出身です。全員が四年制大学に進学することが当たり前の学校です。私の知る限りでは四年制大学以外の進路を歩んだ先輩はなかったと思います。

しかし、私のクラスメイトには就職の道に進む女の子がいました。特別仲が言い訳ではなかったけれど、席が近くなったら「この先生の授業眠いよね〜」みたいな他愛のないことを話すくらいの関係。勉強は苦手だったけれど、頭の回転はピカイチでした。

その子はピアノが上手でした。音楽祭の時にはいつも伴奏を任されていて、楽器を触ったことがない私でも、ダントツで上手だとわかるくらい。力強い演奏で魅了されたのを覚えています。ピアノのレッスンをいつも頑張っていて、音楽学校にいきたいんだとキラキラした目で話していました。

そんな彼女が、高3の12月ごろに「就職決まった!」と笑顔で教室に駆け込んできました。あまりに嬉しそうな表情の彼女にを見て、私は条件反射で「おめでとう」と言い、彼女は「ありがとう!」と返しました。

1月。センター試験や国公立二次試験を控え、皆が参考書片手に勉強する中で彼女は自動車学校のテキストを開いていました。

センター試験前日。学校では激励会が行なわれました。
たまたまトイレ待ちで会った彼女とこんなやり取りをした気がします。
彼女「私も明日免許の試験なんだ」
私『そうなんだ、お互い頑張らなきゃだね』
彼女「難易度全然違うから(笑) でもめっちゃ緊張する〜」

時は流れ、3月1日。前期試験を終え、合格発表を待ちながら高校3年間を共に過ごした仲間や学び舎に思いを馳せる日。卒業式を終え、各クラスで最後のホームルームが行なわれました。生徒ひとりひとりが教室の前に立ち、最後にクラスメイトや先生、保護者への感謝を話す場がありました。

彼女はこう言いました。
「クラスのみんなへ。こんな私と仲良くしてくれてありがとうございました。みんな大好きです。先生へ。何回も怒られるようなことをした私は手がかかったと思いますが、本当に最後までありがとうございました。」


それから、彼女は泣きながらこう言いました。


「お母さんへ。私早く自立するから、元気な赤ちゃんを産んでね。」


彼女の視線の先には、大きなお腹の妊婦さんがいました。


私は後から知りました。彼女の母親はちょっと奔放な方で、家にはいろんな男性を招いていたこと。彼女と数年前に生まれた彼女の弟は父親が違うこと。それからピアノもいつの間にかやめていたこと。

私はこれ以上のことを知りません。クラスの全員が大学受験のために勉強するなか、彼女はどんな思いで履歴書を書き、面接の準備をしていたのか。本心はわかりません。

もし、お家がいわゆる”裕福な”家庭だったら、彼女は音楽の道に進んでいたのでしょうか。
そうでなくても、クラスのみんなと同じように大学に進もうとしたのか。

こんなことを私が言っても仕方ないかもしれません。そもそも、大学に行くこと=安定した幸せな進路 というわけでもありません。
それでも、私は上野氏の祝辞を読んで、1ヶ月前の卒業式と、その時の彼女の言葉を思い出しました。


私は大学1年生。彼女も社会人1年生。
1年生同士、不安もたくさんあるけれど、自分なりのやり方で力強く歩んでいこうね。


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