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ブロンクス動物園訪問レポート

今回、ニューヨーク市のブロンクス動物園を訪問する貴重な機会がありましたので、いち実験動物獣医師の視点で描く訪問レポートをここに記していきたいと思います(ある意味その時の感動の備忘録でもあります)。なお動物園の専門家ではありませんので、的外れな感想がありましたらご容赦ください・・・

ブロンクス動物園とは

アメリカ合衆国ニューヨーク市ブロンクス区に位置し、ブロンクス公園内にある動物園。園内では、世界中の約650種4000匹の動物が飼育されており、世界最大の動物園の1つである。園地及び自然生息地からなる敷地は面積が265エーカー (107 ha)で、ブロンクス川が流れる。ブロンクス動物園は、野生動物保護協会(WCS)によって管理される4つの動物園と1つの水族館の総合システムの一部であり、動物園・水族館協会(AZA)によって運営されている。(wikipediaより)

敷地面積は107haとニューヨーク市の中心部にありながら非常に広大な土地を有しています。上野動物園が14ha、旭山動物園も約15haと言えばその広さが分かるのではないでしょうか。日本の代表的な動物園のひとつである上野動物園には300種3000匹の動物が飼育されており、単純に動物1匹当たりの面積で換算すると6倍以上の開きがあります。

とにかく広い園内

なぜブロンクス動物園を訪問したの?

私たち動物実験従事者は常日頃から動物福祉を意識して、その業務に取り組んでいます。実験に用いられる動物に余計なストレスがあると実験結果に余計なノイズが入ったり、何度おこなっても同じような結果が出る「再現性」が失われてしまうからです。そのため、動物がストレスを極力感じず、本来の習性が発揮できるよう、様々な取り組みをおこなっています。

  • 社会性のある動物は単独で飼育することが無いよう、ペア飼育や群飼育をおこなう

  • 環境エンリッチメントを飼育環境に追加する

  • 科学的に問題ないサイズの飼育スペースを確保する

上記はほんの一例ですが、論文情報やガイドライン等、科学的なエビデンスに基づいた飼育方法を積極的に導入している施設が増えてきました。

また、情報発信をしていく必要があるといった点でも動物園と実験動物施設は似通っているところがあると感じています。どちらも反対派が存在し、その彼らに対しても、そして一般の方々にも自らの存在意義を発信していく必要があります。そうしたところから実験動物従事者も最近では動物園をお手本にして情報発信に取り組んでいるところがあり、海外でもトップクラスの発信をしているブロンクス動物園を訪れてみようという流れになりました。

紅葉の素晴らしい季節でした

圧倒的な環境造形だが・・・

ブロンクス動物園の南側、アジアゲートから入園したわけですが、こちらにはその名のとおり、アジアの動物たちが展示されています。中でも1985年に完成した「ジャングルワールド」という屋内展示はブロンクス動物園を世界的に有名にした展示のひとつと言われています。こちらの展示をいくつか見ていきましょう。

このように訪れた人を、さも動物の生息する環境に迷い込ませるような没入感を高める手法を「ランドスケープイマージョン」と呼びます。見る側の人間にとってはこの上ない体験となることでしょう。実際、私も入った瞬間に衝撃を受けました。しかし逆に動物の立場に立つとどうでしょうか。例えばマレーバクの環境を例に挙げてみます。

一見、広大なジャングルの中にいるようで、実際に動き回れる陸地部分は赤丸で囲まれた部分と非常に限られています。このようにイマージョンは見る側にとっては没入感を高める手法にはなりえるのですが、必ずしも動物福祉の立場に立ったものではないということは注意しておく必要があります。しかしこのジャングルワールドが出来たのは約40年前であり、今もなお、このイマージョンが展示手法のひとつとして活きていることを考えると、その貢献は多大なものであると言わざるを得ません。

モノレールは個人的に一番おススメ

アジアゾーンにはもうひとつ目玉展示があり、それが「ワイルドアジアモノレール」です。動物園の中をブロンクス川が流れている(!)のですが、その川周辺に展示されている動物をモノレール(ゴンドラ)で30分ほどかけて見ていくというものです。先頭には様々な動物の説明をしてくれる添乗員さんがおり、さながらディズニーランドのジャングルクルーズのようでもあります。

ゴンドラに搭乗して回ります(公式HPより)
ブロンクス川も紅葉できれいでした
野生では絶滅したモウコノウマも、ブロンクスで殖やした個体を野生に戻しているそうです

仕切りのほとんど分からない広大なフィールドで、動物たちが暮らしている姿を見ることが出来ます。個人的には草食動物のウマやシカが採食行動を取っているところに注目していました。草食動物は野生環境では採食行動に多くの時間を費やす一方、通常の動物園のような、餌が与えられるような環境では採食行動をあまり必要としません。こちらは先ほどのイマージョンの手法を取るのではなく、もともとの北米の環境の中で動物を飼育するというものですが、動物本来の習性を発揮することが出来る広大な放飼場があることから、動物福祉という点ではこちらのほうが適しているのかもしれません。

コンゴ・ゴリラの森

また、ブロンクス動物園には目玉展示が他にもあります。1999年にオープンした「コンゴ・ゴリラの森」は、ゴリラなど中央アフリカの動物たちを展示するとともに、環境保護を強烈に訴えています。(刺激が強い画像もありますのでご注意ください)

熱帯雨林が失われていく過程
こういった画像も恐れることなく掲載することに強い意志を感じます

動物園からの強いメッセージのあと、暗いトンネルを抜けるような形でゴリラの放飼場に導かれます。

ジャングルワールドで用いたランドスケープイマージョンの発展形が、こちらのコンゴでは見ることができるかと思います。実際に中央アフリカにいるような感じで環境保全の必要性を感じながら、動物たちの生態を覗き見する。20年以上前に完成した施設ですが、現代の展示手法のお手本になっているようにも思えました。ただ、人間の方を非常に気にしているゴリラが1頭おり、ときたまガラスを叩くように威嚇をしていたことが気がかりでした。個体差なのかもしれませんが、こういった個体のケアをどうしていくかは、同じように動物に関わる立場として難しいものだと考え込んでしまう瞬間もありました。

マダガスカル

2008年にオープンした「マダガスカル!」は、1903年に作られた「ライオンハウス」を改修したものとのことです。よく見てみると確かにライオンのレリーフが様々なところに見受けられます。

既存の建物を改修した屋内展示ということで、あまり派手さはありませんが、それでも随所に工夫を凝らしているところが見て取れました。

ブロンクス動物園では施設を作る際に、展示にかかわるすべての人が共有する「ビッグ・アイデア」を掲げるとのことです。ここマダガスカルのビッグ・アイデアは次のとおりです。

美しく驚きに満ちた土地であるマダガスカルをモデルとして見た時、そこでの自然環境保全のあり方は世界中で応用可能であり、また実際に使われてもいる

正直、コンゴのような大規模展示は、場所もお金もないと難しいですが、マダガスカルのような展示方法、環境保全に対する姿勢はアイデア次第でいくらでも可能だということを投げかけられているような気がしました。このことは動物だけでなく施設も管理する私たちも意識しないといけないことですね。

環境保全に対する強いメッセージ性

ブロンクス動物園が「動物を展示する」ということと共に設立当時から訴えてきたことは「野生動物の保護」です。はじめは自分たちがハンティングをするために、このままでは野生動物がいなくなるという危機感からの保全ではありましたが、時代の移り変わりとともに「種の保全」や「野生生物の生息地の保全」が動物園の役割の一つだと強く打ち出すようになってきました。

日本では動物園は「市民の憩いの場」とのイメージがまだ強く、入園料もワンコイン程度の安いままです。一方でブロンクス動物園の訪問当日の入園料は39ドル(約6000円)と、日本ではなかなか難しい価格設定でした。しかし、それら入園料や寄付金を通じて、私たちも環境保全に一役買っているのだと意識することが出来るようになると思っています。

普段意識することは少ないのですが、動物実験も私たちの生活に大きく関与しています。パッと思いつくのは薬や化粧品かもしれませんが、ありとあらゆる化学物質や一部の健康食品、他にも携帯電話の電波が与える影響だったり、人や動物の病気に対する基礎研究、事件の立証のための動物実験など非常に多岐にわたっています。そういったことを少しでも意識していくことで実験動物に対するイメージが変わってくると思いますし、そこに関わる従事者に対しても態度が変わってくるのではないでしょうか。今回のブロンクス動物園訪問で改めて情報発信の必要性を強く感じました。

おわりに

楽しみにしていたブロンクス動物園訪問でしたが、期待を大きく上回る感動体験と刺激を得ることが出来ました。日本から遠いニューヨークですが、興味のある方はぜひ訪れてみてください。それでは写真などをいろいろ掲載して終わりにしたいと思います。長文にもかかわらず、最後まで読んでいただきありがとうございました。


おわり。

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