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『東京組曲2020』深堀り企画 vol.4

【荒野哲朗さんインタビュー】
= クリームチーズは、僕のルーティーンレシピ =

三島有紀子監督の企画に賛同し、一緒に本作をつくった出演者の皆様たちのインタビューによる『東京組曲2020』深掘り企画。第4回目は、荒野哲朗さんです。

―― 初めての緊急事態宣言後、コロナについて何もわからない、外出もままならなかった当時を振り返り、今、どのように思われますか?

あの時の正確な記憶や思いは薄れていってしまっているというのが正直なところですが、何か大変な事が起こってしまったなぁ、まぁでも、仕方ないなぁ、というように感じていたと思います。元々インドア派なので大きく不自由を感じる事はなかったのですが、当時の反動なのか、最近は歩く事が趣味になりました。実感はないながらもじわじわとした息苦しさを感じていたのかもしれません。 

―― 本作の企画へ参加したきっかけについて教えてください。

オーディションやワークショップが開催されなくなり、役者としての活動が停滞してしまう事に対して焦りがあったので、コロナ禍にしかできない、また役者にしかできない表現方法として本作の企画を知った時はぜひ参加したいと思いました。
撮る側については全くの素人のため、自撮りという撮影方法で鑑賞に耐えうる映像を撮ることが出来るのかという不安がありました。
また当初からオール自宅ロケをする想定でしたので、プライベートを切り売りするような感覚もありました。それについては抵抗を感じないわけではなかったですが、それよりも本作に参加することへの意欲のほうが勝りました。

―― 三島監督とはどのような対話をし、撮影に臨まれたのでしょうか?

三島監督との対話は一回きりで、zoomでの面談のみでした。その際、他の出演者の方々と同じようにコロナ禍で感じた事をお伝えしました。一人暮らしなので、ステイホームのなか誰かと会うという発想が自分の中になく、オンラインで誰かとやり取りしている様子を撮らないと、本当に独り言だけになってしまいますがどうしましょう?とお話ししたんです。監督からは、なるべくならば生でやり取りしているのを撮ってほしいという希望があり、相談した結果、〈コロナ禍の日々の有意義な過ごし方〉を記事にする仕事を依頼されたライターという設定で撮影しよう、そして男が後で記事を起こすために独白を録音することにした、ということになりました。あまりに想定外のことだったので全くイメージが湧かない旨をお伝えしたところ、プロデューサーから即興でこんな感じの独白はどうだろうと案を頂き、それを基に自分なりにシチュエーションを構成して撮影に臨みました。

―― 「演じる」要素のある撮影でしたが、どのように進めようと思われましたか?

即興で頂いた案が理屈っぽくてしゃらくさい感じ(笑)だったので、そのイメージのままに演じました。ただ、どこまでキャラクターとして膨らませるのか、素の自分に近づけるのかのバランスにはすごく迷いました。

―― シーンについてお伺いします。お酒のつまみに「クリームチーズを作る」ことが印象に残っています。
元々、お料理がお好きでしたのでしょうか? とても嬉々として作っていらしたように感じました。あの時、どのような心境で作っていたのかお伺いできますか? 

ライターというキャラ設定以外は、実生活に基づいています。もともと料理は好きで、大抵は自炊しています。クリームチーズも度々作るレシピでしたので、ある意味、撮影とは関係なくルーティンで作っていたのですが、嬉々として作っていたように映っていたのであれば気恥ずかしいですね(笑)。

クリームチーズを仕上げ中の荒野さん。

―― 「会いたい・・・」寝転びながら、そう呟かれました。ステイホーム当時のみんなの気持ちだったように思います。あの言葉は、自然と出てきた言葉だったのでしょうか?

極めて私的な要素が含まれるところなので、お答えしづらいです(笑)。
ただ一つ言えるのは、分断された状況でシンプルに誰かと繋がりたいという思いから出た言葉だったと思います。

―― その他、撮影のなかで工夫したこと、苦労したことなど覚えているエピソードはありますか?

線路沿いに住んでいるため、ベランダで撮影するシーンでは繰り返し来る電車により独白の音声がかき消されてしまい、大変でした。電車が通り過ぎた直後に撮影を開始しても、すぐ次の電車が来てしまうという繰り返し。何度も何度も撮り直していく中でようやく来たチャンスも焦って噛んでしまったり・・・。冗談抜きで100テイクぐらい撮影していたと思います。あれは本当に大変でしたが、その様子を近所の猫が不思議そうに眺めていたのは良い思い出です。
また、パソコン上に文字がタイプされながら映し出されるシーンでの文章は、元々、倍近くの長さがあったんですが、その撮影も大変でした。普段からパソコンは使い慣れてはいるのですが、タイプミスがあると違った意味を含んでしまうのではないかと思ってノーミスで打ち終わるまで何度もやり直していたんです。でも意外とノーミスで長文を打ち終えるのは結構ハードルが高く、実は8時間以上掛けても結局ノーミスを達成できませんでした。やむなくそれを提出したのですが、今度は句読点をちゃんと打ったものを撮影するよう依頼され、愕然としました(苦笑)。再度撮影した時は、結果、慣れたということもあってか3時間くらいでノーミスのものを撮影できたんです。ただ、本作では自分が撮影したものではないショートバージョンに差し替えられており、マジか!?と思いました(笑)。

劇中シーンより。

―― 三島監督からのシークエンス「明け方(朝4時)に女の泣き声がどこからか聞こえてくる」というシーンの女の泣き声を聞いた時、どのように感じましたか?

通常であれば、あんな深夜に聞こえてくる泣き声というのは、ただただ不審な声に感じるわけですよね。でも、あまりに悲痛な泣き声が長く続いたため、徐々に気持ちが泣き声の主に寄り添うようになりました。この泣き声の主はなぜ泣いているんだろう、どれだけ悲しい事があったんだろうと思いを馳せました。そしてだんだんと自分の今の状況に共鳴して悲しくなったり、次第にこの泣き声は、いま世界中で同じ思いを抱えている人々の思いを代弁しているようにも感じました。

―― コロナ期間を経て、自分自身で「変わったな」と思うことはありますか?

実感としては、変わったと思うところは全くありません。ただ、こういった災厄の場合、見えない部分で人に変化を強いる事が多々あると思います。その変化は人によっては成長と言い換えられるものかもしれませんし、取り返しのつかない傷と言っていいものかもしれません。
ただ、心構えとしてその変化を無理に矯正させようとせずに、まずは受け入れ、気長に付き合っていく事が大事かなと思っています。

―― 今後、チャレンジしてみたいことについて、お伺いできますか?

今回、全州(チョンジュ)国際映画祭に同行させて頂きました。その中で三島監督はじめ本作の出演者、映画祭関係者の方々との交流の中で、多くの学びや刺激を頂きました。それを糧に今後はこれまで以上に他の作品に関わっていけるよう精進していきたいと思います。

―― 映画を観てくださる方々に向けて、メッセージをお願いします。

徐々に制限がなくなって日常が戻りつつある昨今ですが、緊急事態宣言下では本当に辛い思いをされた方が多くいらっしゃると思います。この映画には、それぞれに出口の見えない状況でもがいてる人々がいます。あの時の記憶が薄れつつある中、こんな人々が実際にいたと知って頂く事で当時得る事の叶わなかった共感を抱き、それによって苦難の中で刻まれた傷の癒しに繋がる可能性があると思っています。今だからこそ、ぜひ観て頂きたい作品です。

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